[時代刺激人]日本が今や中国、新興国から問われている<牧野義司>

2018.9.28時代刺激人:牧野義司東論西遊

<時代刺激人コラム>第30回 2018年9月19日 経済ジャーナリスト 牧野 義司

【イノベーション都市深圳レポート番外編】

イノベーションセンター化が進み、アジアのシリコンバレーと言われる中国深圳の現場をしっかり見ておこう、という日本の企業関係者などが急速に増えている。私自身もその1人だが、最近、深圳訪問した私の友人グループの話を聞いて、中国企業経営者が、日本経済や企業の往時に比べての衰退ぶりを憂えていることを知り、思わず考えさせられた。

中国スマホ大手幹部「あこがれの存在だった日本がなぜ、急速に衰えたのか」

話はこうだ。友人グループが、急成長し世界ランクに入るスマホメーカー本社を訪問、経営陣に面談した際、若手経営者の中に1人だけいた50歳代の経営幹部が、日本側の質問を遮るように「先に、教えてほしいことがある」と切り出してきた。「我々の年代にとっては、日本企業はまさに輝くような、あこがれの存在だった。それがどうして、急速に(勢いがなくなり)衰えたのか、ぜひ教えてほしい」と。真剣な顔つきだった、という。

これに似たことが私の深圳訪問時、広州ジェトロ主催の中国ハイテクベンチャー、ベンチャーキャピタルの企業との交流の場で起きた。「日本企業関係者が最近、ひっきりなしに視察に訪れる。ビジネスチャンスありと思えそうな人にビジネスを持ちかけると、返ってくる答えが『面白いご提案だ。でも私の一存では決められない。東京の本社に戻り話し合って回答する』と。スピードの時代に経営判断がスローだ。日本企業はビジネスチャンスの芽を自ら摘み取っている」と。私は、聞いていて指摘どおりと思わざるを得なかった。

近藤さん「敬意と軽蔑が入り混じって『日本は老いた金メダリスト』と聞き、ショック」

これらの問題に関連する話をもう1つご紹介しよう。私の友人で講談社の中国ウオッチャー、近藤大介さんが最近出版した「2025年、日中企業格差」(PHP新書刊)で、興味深い話を書いている。「かつては『日本が手本』『ルックイースト』などと言っていたASEAN(東南アジア諸国連合)は、今や最大の貿易相手国の中国になびいている。ASEANの国際会議を取材すると、日本のことを『老いた金メダリスト』と呼んでいるのを聞き、ショックを受けた。『昔はすごかったのだけどなあ』と、敬意と軽蔑が入り混じったような表現だ」と。親日国が多いASEANのリーダーと目される人たちの見方だけに、辛いものがある。

過去3回の深圳イノベーションセンター報告で深圳問題を打ち止めにしようと思ったところに、こんな話が出てきて、日本の存在が問われた。しかも前回コラムで、日本企業の今後の対応について、私が「日本は、深圳版エコシステムなど彼らのイノベーションモデルを真似るのではなく、秘伝のたれのようなコアの強みの独自技術を知財管理でクローズドにすると同時に、それを武器にオープンな連携などでイノベーションに大胆チャレンジを。その場合、自前主義を捨てることが必須」と問題提起したら、いろいろ参考意見をいただいた。そこで、それらご意見を踏まえ再提案したい部分もあり「番外編」という形で、もう一度、イノベーション問題にからめて日本企業の課題を取り上げたい。

日本は学びの対象でないと見られたとすれば、数周遅れのデジタル対応もその1つ

まず課題の部分だ。日本が太平洋戦争後、敗戦国として壊滅的な打撃を受けたにもかかわらず、なぜ奇跡の経済成長を実現できたのか、と日本は多くの国々からの研究対象になった。それどころか新興国からは畏敬の念で見られたことは事実。この点に関しては、日本の先達の方々の必死の取り組みに頭が下がる思いだ。

しかし戦後70年以上がたって、振り返ってみると、日本が、欧米先進国の背中を見て追いつき追い越せの精神で、輸入技術の模倣から改良・応用を通じて次第に独自技術を開発し、先進的な地位に躍り出たことは間違いないが、その後、韓国、中国が全く同じ形で力をつけた。とくに中国の追い上げはすさまじく、今や日本や韓国を凌駕しかねない勢いだ。

そんな中、さきほどのASEAN国際会議場での「日本は老いた金メダリスト」といった話を聞くとショックだ。でも、中国、さらにはアジア成長センターの新興国リーダーと目される人たちの間で、「日本は今や学びの対象でなくなってきた」と見る向きがあるとすれば、それは、日本が過去の成功物語にこだわって時代の新たな変化に積極チャレンジしない点を見ているのかもしれない。その点で思い当たるのが日本のデジタル社会化対応の弱さだ。端的にはICT(情報通信技術)にとどまらずAI(人工知能)、センサー、ロボット工学などを活用してビジネス展開するデジタル・トランスフォーメーションへの取り組みがそれで、日本は、米国や中国のIT企業群に比べ数周遅れだ。間違いなく大きな課題だ。

中国杭州市でAI技術を活用し慢性的な交通渋滞解消、日本にとっては課題対象

そのからみで最近、友人の話をもとに調べてみて、中国のデジタル・トランスフォーメーションへの取り組みは、日本が手の及ばないところまで来ているな、と実感したことがある。中国浙江省の杭州市で、アリババ集団中核企業のアリババクラウドが杭州市当局と連携、AI技術活用による交通信号制御システム「ET都市ブレイン」を2017年に導入以降、AIが市内3600か所の交通監視カメラとすべての交通信号機を管理し、かつ自動車などの走行データをもとに交通量と信号の点滅時間などを合理的に組み合わせ、救急車などの緊急走行の交通信号制御も行い950万人口都市の交通渋滞をほぼ解消した、というのだ。

デジタル化に伴うさまざまな情報のビッグデータがビジネスチャンスであると同時に、中国で現在、進行している監視社会化のツールに悪用されかねないリスクがあるのは事実。しかしデジタル社会化に背を向けてはおれない。交通渋滞解消はじめさまざまな都市インフラ対策、さらには産業や医療などの分野にも応用していくことは時代の流れだ。

日本は強み、弱みを見極めて強みに特化し成熟社会国家の先進モデル事例を

では、日本はデジタル化を含め後手、後手に回り、時代先取りのチャンスがないのだろうか。そんなことはない。ただ、新興国の追い上げで競争力を維持できない分野が増えているのは事実なので、この際、強みと弱みをしっかりと見極め、戦略的に特化すべき強み部分が何かを見つけて積極対応すればいいのだ。

1つの道筋は、日本が世界でもフロントランナーの人口の高齢化国で、同時に人口減少国だが、現時点で何とかソフトランディング出来ており、この際、人口高齢化などに伴う新たな成熟社会システムづくり、とくに医療や介護の社会保障がらみの問題にとどまらず、日本はさすが成熟社会国家と言われるような先進モデル事例をつくればいい。高齢化対応と経済成長への取り組みが同時に襲い「中進国のワナ」に陥って苦悩する中国や韓国、タイなどにとって、日本が先進事例をつくれば、学習対象になり、大いに評価するだろう。

成熟社会システムを支えるにはイノベーションでそれなりの経済成長が必要だ

ただし、成熟社会の新たなシステムを支えるためには、間違いなくそれなりの経済成長が必要。そのためにも、前回コラムで問題提起したように、オープンイノベーションによって経済のアクセルを踏むことが必要だ。その場合、オープン&クローズ戦略がポイントで、強み部分のコア技術、秘伝のたれの技術をしっかり固め、それを武器にさまざまな企業と大胆にオープンベースで連携し、技術情報の交換や共有を行って新事業にチャレンジする。要は、クローズドの強み技術部分をうまく活かすことがポイントだ。

ただ、このクローズド戦略に関して、コアの技術を知財管理でしっかりと固めればいい、と前回コラムで提案したが、数人の方から「特許取得すると特許を公開せざるを得なくなり、手の内をさらけ出すのでマイナス」、「中国は『中国製造2025』対策の一環から国家が主導し世界中の公開特許技術をデータベース化、徹底的に技術研究を行ってコア技術に抵触しない範囲で新技術のヒントを得ている。だから、特許による知財管理は無意味」などの指摘を受けた。そしてコア技術をブラックボックス化した方がいい、という。

オープン&クローズド戦略で技術はブラックボックス化を、セーレンが見事に実践

ご指摘のとおりだ。そこで、私はオープン&クローズ戦略のうち、クローズド戦略に関しては米インテルがコア技術のCPU(中央処理装置)をブラックボックス化しているのと同じように、技術ノウハウをクローズドな所に押し込める際、特許取得など知財管理せずにブラックボックス化し外部にわからないようにする戦略で臨むべきだ、と修正したい。

その点で思い出したのが、福井県を拠点にグローバル市場で事業展開する総合繊維メーカーのセーレンの取り組みだ。外部に絶対に技術ノウハウを流出させない独自戦略を持っている。代表取締役会長兼最高経営責任者の川田達男さんが編み出したもので、川田さんによると「ハード、ソフト、染色の3つ技術を総合させて完成品にするが、その3つを別々に管理し外部には知られない仕組みにしてある。すべてを把握しているのは私だけと言っていい」という。これもブラックボックス戦略だ。小ロット、短納期、在庫持たずの戦略でVISCOTECS(ビスコテックス)というデジタル製造システムを武器に、日本以外、11か国で現地生産しているだけに、技術管理は徹底している。素晴らしいイノベーターだ。

コマツ坂根さん「常に技術で事業化めざせ、盗まれまいと技術を守るのは無意味」

もう1つ、前回コラムに対するご意見で、「確かに、そのとおり」と納得したことがあるので、ぜひ追加の問題提起にしたい。それは、秘伝のたれを含めたコア技術を後生大事に秘匿するのではなく、技術を活用して事業化に積極的に取り組め、という指摘だ。

最近お会いした建設機械コマツ元会長で現相談役の坂根正弘さんは、日本のモノづくりが世界トップを極めるには技術の強みを磨き「ダントツ商品」をつくり出せ、という持論の持ち主だが、現在のコマツの取り組みについて、こう述べている。「コマツは自前主義を改め、グローバルレベルで技術補完し合える戦略パートナーがいたら積極連携するオープンイノベーション経営に切り替えた。ポイントは顧客サービス、ソリューション、技術の3つの分野でダントツを徹底追求していくこと。とくに技術に関しては常に事業化することをミッションにしている。盗まれまいと技術を守ることに必死になるのは無意味だ」と。

イノベーションネットワーク西口さんも同意見、「組織の想像力阻むもの」が面白い

イノベーション問題に取り組む一般社団法人JAPAN INOVATION NETWORK専務理事の西口尚弘さんも、坂根さんと全く同じ問題意識だった。西口さんは「日本のイノベーションを阻む問題は何か、といった議論ばかりしていても事態の打開にはならない。イノベーションの先行モデル事例、とくに大組織病の殻を破って、強みの技術などを生かして事業化する実例づくりが重要だ。いま私たちINOVATION NETWORKは、それを可能にするため、ビジネスリーダーの人たちと問題解決に取り組んでいる」と語っている。

その西口さんがとりまとめた「組織の想像力を阻むもの」がなかなか興味深い。紹介させていただこう。いずれも企業リーダーの決断次第で、組織変革できるものばかりだ。

1)スローガン先行&実体不在型 2)イノベーション担当経営者不在型 3)トップ無関心型 4)トップ独走型 5)新事業受け皿型 6)組織設計優先型 7)自前主義型 8)現ビジネスモデル継続型 9)施策間連携不全型 10)異端児放逐型

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

ページ上部へ戻る