2017.7.20東論西遊, 異なる視点論点:朱建榮
「異なる視点論点:朱建榮」①20170720
中印国境の摩擦を注目せよ
6月初め、インドの軍人がインド・中国・ブータンの3カ国国境地帯にある中国領内に進入し、一か月以上、人民解放軍との対峙が続いている。ほとんど誰も知らない荒涼たるこの地域は中国名「洞朗/ドンラン」高地で、インド名は「Doko-la/ドクラム」であり、もしかすると今度、中印両軍が激突し、世界の注目の的になりかねないので、覚えておいた方がいい。
中国の対外紛争をいつも大きく報じる日本のマスコミだが、今回の事件に関してはどういうわけか、沈黙か簡潔の報道に留まっている。中印両国の国内ではこの事件をめぐって世論が炎上しているのに比べ、日本の「冷静さ」は異常である。認識の間違いがあるだけでなく、事態の深刻さに対する捉え方も問題だ。
主要メディアの少ない報道はいつもの中国への対抗心で、インド弁護の姿勢をとっている。たとえば7月4日付『東京新聞』に掲載された共同通信発の「ブータン発端に中印が緊張 ヒマラヤ係争地巡り」と題する記事は、
ブータンが「領土に道路を建設しようとした」として中国を非難したことが発端となり、ブータンと親密なインドが中国との国境地帯に軍を展開。
と紛争の原因を述べている。
6月29日付『産経新聞』の「インドの中国非難にブータン参戦 インドでは中国製品不買運動も」と題する記事も、
中国がインド部隊が侵入したと非難する地域は、中国とブータンの紛争地「ドクラム高地」にあるからだ。緊密な関係にあるインド、ブータンが中国と対立する構図
とやや意味不明な書き方をしている。
しかし、これらの報道は以下の重要なことを伝えていない。
第一、ブータンの外交と国防権はインドに牛耳られており、いわばインドの保護国だ。ブータン政府が「中国を非難した」ということはすなわちインド当局の操りで言わされたことである。
ちなみに、その後、ブータン当局側は沈黙を保っているが、ブータン人学者はインドによる強引な外交的コントロールと今回の事件の「真相」を暴露する声を発している。以下の中国サイトに、ブータンのニュースサイトに掲載されたブータン人弁護士Wangcha Sangeyがの書いた「中国とブータンの国境問題を理解し、真実を追求せよ」と題する論文が翻訳・転載されている。
瞭望智庫170707印度懵了,越界中國背後藏的小九九,被不丹學者無情的掲穿了!https://mp.weixin.qq.com/s/wxofvtDKk_raVrs0A9Ls9Q
第二、事件の発端はインド軍がすでに併合した旧シッキム地域から越境してきたことであり、インドの国策であっても実際にはブータンとほとんど関係はない。
第三、中国外交部報道官は7月12日の定例記者会見で、「今回のインド軍の越境はこれまでの未確定国境地域で起きた紛争と性格が完全に異なり、インドとの国境がすでに画定したところで事を起こした」もので、ブータンとの国境線も1890年に調印された「中英会議チベット・インド条約」で正式に明確に確定しているとして、インド軍が速やかに無条件に撤収するよう求めた。
ではインド当局はなぜこのタイミングで、この地域で事件を起こしたのか。中国や欧米の分析を総合すると、以下の諸点が考えられる。
- 近年の中国の経済力・軍事力の急速な台頭、インド洋進出などを背景に、中国がこの「ドンラン」高地で道路を修築する意図を疑心暗鬼し、誇張した反応を見せていること(主に貿易の通路になるわずか数メートルの道の修築でインドへの侵入につながるとはだれが考えても結び付かない)。
- 道路の修築で中国とブータンとの直接の経済交流が拡大する可能性があり、それによって自国のコントロール下にあるブータンが自立的外交に動き出すのを警戒していること。
- ムーディ首相の訪米直前というタイミングで事件を起こし、中国への強硬姿勢を示すことで米側からの支持と援助を取り付ける狙いがある。
- 中国は5月に華やかな「一帯一路」サミットを行い、9月にはインドを含むBRICSサミットを主催し、10月には19回党大会が開催される予定で、このタイミングで挑発を仕掛けても中国は強く出られないとの計算。
これらの分析の一部は以下の記事から引用。原文をご参照ください。
微信170703印度,是想和中国再打一仗還是另有企圖?
しかしこのような背景と動向について日本ではほとんど伝えられない。ふと思ったが、仮に中国とインドが逆の立場だったら、日本でどのように報道されたのだろうか。「中国軍は因縁を付けて公然と相手国領内に侵入」「軍事力を押し付けて領土拡張を狙ったもの」「法的支配という国際ルールを公然と破った」と非難したのではなかろうか。
中国側はこの一か月余り、自国領に居座るインド軍人の扱いで困り果てている。インドと事を構えると、「一帯一路」、BRICSサミットなど習近平外交は頓挫する恐れがある。容認すると、国内のナショナリズムに押され、党大会直前の激しい権力闘争で政敵に「弱腰」と批判されかねない。
一方、両国とも自ら譲歩する気配を見せておらず、紛争地に向けてそれぞれ兵力を増強し、軍事演習を行っている。インドの現役軍高官は「インド軍はもはや1962年(国境戦争で大敗した)当時のレベルではない」と好戦的な発言も発している。米国国務省はここまで来て、きな臭さを感じ取り、今回はどちら側をも直接に批判しない形で、「平和的解決を」と呼びかけている。
しかし、ことはやはり「是」と「非」を弁える必要がある。今回は明らかにインド側の一方的冒険的挙動によって緊張が高められたものだ。中国が係争対象外の自国領で道路を作っていることは脅威だから軍を出動して阻止するのだ、という論理がまかり通ったら、旧関東軍が旧満州で拡張した口実と同じになり、北朝鮮は米韓軍事演習、米軍の韓国配備を理由に、だから核兵器を持っていいとの理屈も認めざるを得ない。ましてインドの方が国境地帯ではるかに多い軍事施設を造り続けている。そもそも、インドはかつての独立国シッキムを併合した後、今はブータンへの締め付けを日増しに強めているが、このような覇権主義的なやり方は21世紀の世界で許されていいのか。
今回の紛争の真相について、さすがに西側の専門家も沈黙を破り始めた。7月15日付香港の中立英字紙『South China Morning Post」 International Edition』に、1962年の中印国境戦争について名著を残したマックスウェール(NEVILLE MAXWELL)氏の論評「THIS IS INDIA’S CHINA WAR, ROUND TWO」が掲載された。以下のリンクで原文が読める。
http://www.scmp.com/week-asia/geopolitics/article/2102555/indias-china-war-round-two
91歳のマックスウェール氏は寄稿の中で、
- インドは1962年の国境戦争の敗北がトラウマになり、常に自分は無辜の被害者という意識、そしてその軍部と政界に中国に対する復讐の渇望が溜まっていること、
- 今回の紛争が起きた地域は中印間のたった一つの係争が存在しない国境地帯で、1890年の条約が規定した国境線から見れば、今回は間違いなく、インド軍の指揮官が勝手な行動か上官の命令かは分からないが、兵士を中国領に侵入させたことだ。
中国のことにある程度の理解を持つインド人学者も、インド国内の、1962年の敗戦に対する復讐の心理が蔓延し、理性を失うことを懸念している。以下の中国人学者とインド人パートナーとの語り合いに関する記事をご参照。
観察者170713高学思:中印対峙之際,印度“親華分子”和我説了心里話http://www.guancha.cn/gaoxuesi/2017_07_13_417878.shtml
最近、中国の6億人以上が使っているSNS「微信」(WeChat)では「何で公然と中国領に進入したインド軍人を追い出さないのか」との批判が噴出している。7月末に今回の摩擦をめぐる中印ハイレベル交渉が予定されているが、今の雰囲気の中で中国側には、インド軍が無条件に撤収するか、実力で排除するか、の選択肢しか残されていない。このままでいくと、武力衝突がもっとも起こり得ないところで不測事態が現実化しかねない。日本側もチベット高原のこの不毛地帯で起きていることをもっと注目し、より客観的に報道してほしい。
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