[海峡両岸論] 「力と力」じゃ出口なんてない 戦争を知らない大人たちへ―丹羽元駐中国大使<岡田充>

2017.9.12東論西遊海峡両岸論:岡田充

第82号 2017.09.12発行 by 岡田 充

北朝鮮が6回目の核実験を実施した。トランプ政権は「軍事的オプション」をちらつかせながら、北朝鮮への石油禁輸を求める決議案を国連安保理に提出した。安倍政権もトランプの対中ロ圧力強化に唱和する以外の選択肢はない。初の民間出身中国大使を務めた丹羽宇一郎・元伊藤忠会長は「日本はどんどん戦争に近づいている」と警告する。キナ臭さを増す北朝鮮情勢と、国有化5周年を迎えた尖閣諸島(中国名 釣魚島)などについて聞いた。

Q 近著「戦争の大問題」(東洋経済新報社)で「日本が戦争に巻き込まれる可能性は低くない」と書いています。戦争の危険は本当に近づいていると思いますか?
丹羽:今年2月ごろから戦争体験者をはじめ元防衛相や軍事評論家への取材を続けてきたんです。取材をするまではそれほど(危機感は)感じなかったのですが、戦争の本当の姿、真実を知ったのが、あの本が生まれる契機です。
最近の政治の世界を見ていると、戦争を知らない人たちが世界の政治を動かしている。
日本の政権中枢には(戦争を経験した世代の)80~90歳代がいない。イメージできるのはせいぜい私のような70代後半以上なんです。これはまずいと。「戦争を知らない大人たち」にこそ読んでほしいと思っています。

「戦争に近づくな」
 Q 尖閣諸島をとられたら「戦争すればいいじゃないか」などと、勇ましい言論が溢れています。北朝鮮と中国に対し強硬論が強まっています。
丹羽:安倍さんが得意な「力対力」では、やがて戦争以外の選択肢はなくなる。「出口なき戦略」は「日銀の特許」じゃないですよ。出口なき戦略は、必ず破滅的な結果をもたらす。第二次大戦がそうです。
北朝鮮問題も出口がない。金正恩・朝鮮労働党委員長(33)もトランプ米大統領(71)も戦争を知りません。「団塊の世代」と話していると、戦争のことを実に知らないんです。「戦争に近づくな」と言いたいのですが、今の日本は戦争に近づくことしかしていない。北朝鮮問題でも中国に対してもね。
一方、中国は「戦争に近づくな、力と力はだめだ」と言っています。これは清朝時代のアヘン戦争(1840~42年)以降、侵略・侵入を受け続けた歴史があり、それが語り継がれているからなんです。彼らからすれば、自衛隊はかつての日本軍に替わるもので、日本は中国を仮想敵国にしていると考えている。アメリカは弾道ミサイル防衛システムの「THAAD」を韓国に配備したが、中国は北朝鮮向けではなく、中国向けだと受けとめています。

来年度の防衛予算は、2017年度当初予算比2・5%増(概算要求)と膨張する一方だ。その理由は、尖閣諸島を意識した「島嶼防衛」と、対北朝鮮の陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」。一基800億円のシステムを2基配備するとも伝えられる。

傲慢な5大国の「核独占」論
 丹羽:北朝鮮は核を保有しないと生存が脅かされると考えている。生存するには持たざるを得ないというわけです。世界で核兵器を持っているのは、米ロ中英仏の核5大国とイスラエル、インド、パキスタンに北朝鮮ですね。
核5大国は核兵器禁止条約を批准していないのに、北が核実験をすると「けしからん」と言って懲らしめる。それは納得できないでしょう。自分たち以外は一切核保有を許さないというのは、傲慢です。
(北の核保有は)良くないし、誰も弁護しないのは当然です。でも「やめろ、やめろ」と言うだけで、金正恩はやめますか?それなのにやめないからと言って「力と力」で懲らしめようとする。それを「出口なき戦略」というんです。続ければ確実に国を破滅に導く。
「出口なき戦略」を続けたら、その結果何が起きるか。まず大量の北朝鮮からの難民が中国、韓国、日本に押し寄せます。そこまで想定しているのでしょうか?

核凍結でトランプと話し合いを
 Q 小泉純一郎首相の訪朝を高く評価しています。この際、安倍首相が訪朝してはという声もありますが。
丹羽:それは無理でしょう。金正恩が相手にしたいのはアメリカです。安倍さんは蚊帳の外。拉致問題だって一歩も前進しない。相手にするのは中国とアメリカだけです。
核・ミサイルをやめさせるには、先ず力のある側が譲歩することです。今持っている核兵器とミサイルは核保有国すべてがそのままで凍結する。
北の核開発・実験を現状凍結させるには、まずアメリカに凍結を納得させなければならない。これを言えるのは、唯一の被爆国日本の安倍さんが適役です。それが日本の立ち位置。でも現実は真逆のことをやっている。「力と力」でトランプ氏を勢いづかせている。
安倍さんは水面下で、本音でトランプと話し合ったらどうだろうか。もちろん内々で。そして、トランプ氏からOKをもらった上で、今度は中国、ロシアに行く。北朝鮮の核をめぐる6カ国協議の枠組みの中で協議する。とにかくアメリカが動かないとだめですが、核問題でアメリカを説得できるのは日本だけではないでしょうか。

対北制裁が効果を上げず手詰まり感が強まる中、アメリカでは「北朝鮮の核保有を前提に政策を進めるべき」とする核上限凍結論が浮上している。北の核保有を認めれば日本、韓国などの「核保有ドミノ」につながる恐れや、NPT(核不拡散条約)体制崩壊への懸念も根強い。丹羽氏の主張はNPT体制の虚構性を見抜いた上で、戦争を回避するための現実的な対話の摸索方法である

石油禁輸は「窮鼠」にするだけ
 Q 国連安保理で中国に制裁強化のため石油輸出停止を求める声が高まっています。
丹羽:「てめえ、やるぞ」と言えば、「北風と太陽」の童話じゃないが、北はますます固くなる。何が起きるか。難民の発生です。これがなだれ込んだら230万人の朝鮮系民族を内に抱える中国はたまったものではない。今でも北朝鮮がばっと動けば、国境地帯の何十万の人民解放軍がすぐ動きますよ。
中国に石油禁輸のプレッシャーをかけているが、第二次大戦前、石油などの物資供給を止められた日本に対し、中国からの撤退を迫った米国務長官ハルが突き付けた「ハルノート」と日本を思い出してください。石油を絶たれ、本格的戦争へ突入せざるを得なくなった。
いま、日本の新聞は北朝鮮への石油禁輸を主張しています。第二次大戦の時日本は「窮鼠猫を噛む」状態になった。それを経験している日本が、北朝鮮に同じことをやれと言っているに等しい。

泥酔船長は釈放すべきだった―尖閣問題
 丹羽氏は民主党(現民進党)政権時代の2010年6月、大使として中国に赴任。その直後の9月、尖閣諸島で中国漁船が巡視船に衝突する事件が発生し、日本政府は中国船長を公務執行妨害容疑で逮捕した。中国側は釈放要求を拒否する菅直人政権に対し、閣僚など交流の停止、日本企業社員の拘束などの「対抗措置」をとった。政府は、中国の強硬対応を受け、船長を処分保留で釈放したが、釈放を「弱腰」と批判する石原慎太郎・東京都知事(当時)は2012年4月、東京都による尖閣購入を表明。野田政権は同9月尖閣3島を「国有化」した。中国全土で抗議デモが炎上、中国公船が尖閣12カイリに入るなど、領土問題は日中間最大のトゲになり日中関係は正常化以来最悪の状態に陥った。

Q 大使在任中は、尖閣に始まり尖閣に終わりました。漁船衝突事件は、泥酔状態だった船長が起こした「偶発事故」でした。政府もそれを知りながら、国内法での司法処理を続けた。漁船をすぐ追い返すか、2004年の小泉政権時代に尖閣に上陸した中国人活動家7人を2日後に国外退去させた前例に倣うべきだったのではありませんか。
丹羽:小泉さんの時のように、すぐ釈放すればよかったんですよ。だって相手は酔っ払い。(偶発的な事故ということは)分かっているわけだ。ならば逮捕したとしてもさらに勾留延長などはせず、ぱっと釈放すればよかったと思います。
でも当時の民主党政権は政治判断できなかった。党代表選挙の最中だったからで、船長を勾留再延長した。そこで仙谷官房長官が「おいおい、どうなんているんだ」ということで、外務省課長を那覇地検に派遣した。代表選が終わって(菅政権は)ようやく日中関係を考え「何が何でも釈放しろ」ということになった。
民主党は外交に疎いほとんど素人集団だから、島の問題もあまりシリアスに考えていなかったのではないでしょうか。野田さんの国有化だって、中国側にしてみれば胡錦涛国家主席の顔に泥を塗られた。こんなことは中国共産党史上初めてのことです。中国のトップがやめてくれと言ったのに、真逆をやった。
Q 衝突場面がテレビで繰り返し放映され、中国側が何かの意図を持って衝突したというイメージを持ってしまった。
丹羽:そのイメージを日本政府は利用するんです。中国は危ないぞ。何をやってくるかわからないぞ、とね。なぜメディアは、(泥酔船長と)分かっていながら、その真実を伝えなかったのかなあ。
私の意見は今でも変わりません。現場(大使館)の声を何故聞かなかったのかということです。国有化について何か発言すると「お前は親中派だ」と言われるが、領土は(係争の対象になると)何の役にも立たない。
北京の大使館が知らない中で、野田首相が9月8日にウラジオストクで胡錦涛国家主席と立ち話をした。胡氏から「国有化だけはやめて欲しい」と言われたのに、2日後に国有化の閣議決定をする。大使館は全く知らされなかった。新聞で知り、大使館の幹部を集めて「誰か知っていたか」と聞いたら誰も知らない。
石原さんが購入して灯台を建てるなどいろいろやると大変だから、国有化を決断したという。「国内問題にすぎない」という理屈は外交では通りません。そんなことぐらい政治家なら分かるでしょう。いまだに明確な答えがなく(国有化に)納得していません。

Q 国有化に中国がこれほど強硬な反応すると予想していましたか。
丹羽:中国の友人たちは「国有化だけはやってはいけない」と言っていました。でも当時の政権は「希望的観測」から、国内問題だから、日本の固有の領土の取扱いだから問題にならないと高をくくっていた。現場の声を聞いていないんです。
Q 当時、自民党政権だったらうまい処理ができたと思いますか?
丹羽:「たら・れば」の話だからなあ。でも石原さんが言ったからといって、閣議にすぐかけて大使館にも連絡せず国有化することはしなかったでしょう。自民党だったら。

憲法に手を触れるな
 Q 中国を仮想敵国にしているというが、安倍政権は中国が軍事力を拡大しているから、日本もそれに対抗しなければならないという理屈です。
丹羽: 言いたいのは、日本は特別な国ということなんです。原爆を二度体験し平和憲法をもっている。その平和憲法下で少なくとも武器輸出は止めてきた。戦争に非常に警戒心をもって、共謀罪なんかもなかった。しかしそれが最近どんどんはがれてきている。
戦争を知らない大人たちが戦争に近づいたら何が起きるか分からない。これが最も危ないんです。
中国をどんどん仮想敵国にし、なんかあれば中国がやっているからという。それじゃ中国と戦争をやって勝てるか。勝てませんよ。軍事評論家によると、制空権は完全に握られている。北朝鮮にだって勝てない。そうなるとまた「力と力」で、アメリカさん何とかやってくれというのでしょうか。
憲法はものすごく大事です。簡単に手を触れてはならない。グローバル化時代の中で、専守防衛をはっきりさせていく必要があります。もう一度言いますが、戦争に近づかない。これが一番重要です。
(了)
丹羽宇一郎(にわ・ういちろう) 2012年12月の大使離任後は早稲田大学特命教授、日中友好協会会長。『習金平はいったい何を考えてるのか』(講談社現代新書)『死ぬほど読書』(幻冬舎新書)はいずれも10万部を超えるベストセラー。「反中嫌韓」の本が幅を効かせる書店で、リベラルな内容の本は希少だ。
(本稿は「ビジネスインサイダー」に掲載したものを加筆・修正した)

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