[一水四見⑵] 日中関係をみる歴史的視座の必要性<村石恵照>

2018.5.17一水四見:村石恵照東論西遊

一水四見⑵:日中関係をみる歴史的視座の必要性

2018年5月17日 村石恵照

中国は現在、壮大な「一帯一路」構想を展開し「中国の夢」は世界に拡散している。
では、その原動力はなんだろうか。

・1840年、清朝政府の中国に対する第一次アヘン戦争勃発。
・1842年、イギリスに対して、中国は主権を喪失する「南京条約」に調印。
・1857年~1961年、第二次アヘン戦争に中国は敗北。
・1894年~1995年の日清戦争 (中日甲午戦争) に敗北。
・1900年には、8カ国連合軍の北京侵攻に敗れた。
その結果、西欧からは様々な不平等条約を結ばされた。

その屈辱を背景に中国は現在、唐の大帝国の再現を図るかのように、長期的展望のもとに万里の長城を超えてグローバルな活動を展開しようとしている。

しかし屈辱だけでこれまで万里の長城内の閉じた帝国が、城壁を超えて拡大するはずもないことは当然だろう。
文明史的に、そのような歴史的要因が整ってきたということだ。

***

現在、「一帯一路」構想は――ユダヤキリスト教とギリシャ思想を取り入れた西ローマ帝国を受け継ぎ、地球的規模の植民地化を成し遂げた――西欧文明の様々な価値観と衝突し、時にその意図と活動が疑心暗鬼をもって見られ、誤解され、用心され、敵視もされている、ようにみえる。

これは無理からぬところだ。
現在の世界はすべて、多くの偽善と二重規範を駆使しながらも同時に世界の人々を魅了する様々な文化的価値基準を提供してきたのが西ローマ帝国に基礎をもつ、人種的には白人主導の西欧規範だからだ。

そして世界の情報は、英語によって独占されている。

そこで後発の中華文明が、万里の長城外での政治的、経済的活動が、偶発的と意図的とを含めた様々な誤解や偏見にさらされていることも当然予想されるところである。

北米の原住民をほとんど抹殺し、1860年時点で400万人におよぶアフリカ人奴隷を所有していたアメリカである。
が、“自由ファースト”のアメリカに移民したい人々はいるが、“秩序ファースト”の中国に移民を希望する人々は皆無に近いといってよい。

中国の体制が一概に悪いわけではないが、これが現実だ。

***

常に暗い負の過去を新たな“善意と言説”でもって上書きしてきたのが西欧文明の特徴である。

この点で中国は、西欧の奸智に一歩も二歩も遅れている。
しかし中国は西欧の奸智を洞察することは必要だが模倣する必要はない。
中国人以外の人々があこがれをもつような文化的価値をいかにして開発するか、これが中国が世界的に拡大するにあたっての今後の課題であろう。

ところで、このような世界的文明の転換期の中で、わたしの管見では、日本の知識人、ジャーナリストたちは台頭する中国と、日中関係とをまともに研究しているようには思えない。

まともな研究とは歴史的、文明史的見地から大局的に東アジアの現状を見ていないということだ。

マスメディアは情報の大量頒布を基本的性格としているから、拡大的頒布をするために(批判的な言い方をすれば)政権に媚び、大衆に媚び、特に知識人に媚びた営業活動をしているが、インターネット上でも、中国報道に関して好悪感情を煽るような記事が多くみられる。

定見のない人々に訴えかける情報は、仮想の敵を想定して人々の好悪感情に訴えるのがもっとも安易で効果的方法だからである。

この意味で、様々な国で様々な方法で行われている“愛国教育”もマスメディアの一種だ。

「中国経済はまもなく崩壊する」、
「日本の海上の石油ルートの命運を握る中国海軍」、
「アフリカにおける中国人労働者らの粗暴な振る舞い」、
「孔子学院とは、中華人民共和国の中国共産党傘下のプロパガンダ機関(ウィキペディア)」

などなどの情報が反・嫌中派の人々の間に拡散している。

一方、アメリカ人の戦略家・ルトワック氏らの地政学などを引用しながら、中国危険論を展開して多くの読者の関心をネットと講演で引き付けている論者もいる。

そして、列島に120余の米軍施設を置き、一都六県の上空がアメリカの空域となっていることを知りながら、“自主独立”をめざす憲法改正を主張する勢力が政権中枢の周辺で活動している日本である。

日本の知識人たちは現在も、
マッカーサー支配の呪縛、
その後の政権を超えたアメリカ政治の持続的支配情念、
さらにその背後にあるアングロサクソンの英語による言説支配という三重の情報空間の中に、言説を絡めとられている状態ではないだろうか。

***

では、アメリカは中国をどのようにみなしているのだろうか。

たまたま本棚にあったアメリカ人が著者の「中国歴史概観」の序文を改めて読んでみた。⑴

「中国はアジアのバックボーンである、
つまり中国はアメリカにとって不気味な可能性を秘めた国である。
中国が動けばアジアが動く、そしてアジアが動けば、今世紀の世界が動く。
東洋と西洋の文化をもっとも互いに不可欠的に代表する中国とアメリカは、今世紀の歴史を形成する国家として運命づけられているのだ。
近未来にアメリカの知識人たちが何にも増して、切望し必要とするであろう一片の知識があるとすれば、それは中国人民の台頭とその動向についての知識である。」

この著書の出版は1926年、中華人民共和国の建国1949年を遡ること23年前である。

トランプ大統領と習近平主席の丁々発止の外交活動の断片的情報がマスコミで報道されているが、92年前にアメリカの知識人たちは中国を好悪を超えて的確に研究していた。

そして、タイトルだけ見ただけで読まずいた最近の中国関係の本を見た。

Yan Xuetong ( 閻学通 ) : Ancient Chinese Thought, Modern Chinese Power.

秦以前の思想家たちの研究を通して、中国が独自の国際関係論を確立しようという意図をもって発表された論文集である。

ダストカバーの表紙には、
「見事な研究(“A fascinating study.” )― Dr. Henry A. Kissinger」

その裏面には、キッシンジャー氏の簡潔かつ的確な書評が掲載されている。

そして、寒々とした気分になった。

中国とアメリカの所為ではない。

中国とは1600年以上の密接な関係にある日本が、特に戦後の日本の知識人の中国に対する無関心と、アメリカの知識人と対等に議論をすることがないいわゆる“進歩的文化人”や政治思想家といわれる日本の知識人たちの閉鎖的知的風土である。

与野党を問わず政治家たちは大学教育を受けているはずだが、彼らのアジアについての見識に大局観がないのは結局知識人、ジャーナリスト、将来の政治家を教育している”知識人”の大半を占めている大学教員たちの責任ではないのか。

今後の日本の外交関係については、中国や朝鮮半島を古代から展望する歴史的視野と東アジアの文明的視座から日中間の未来を考えることが必要である。

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⑴ Gowen & Hall: An Outline History of China, D. APPLETON AND COMPANY, 1926.
China is the backbone of Asia; China is the portentous nation to Americans. As China goes, so will go Asia, and as Asia goes, so will go the world of this century. China and America, the most vital representatives of the Eastern and Western types of culture, are destined to be the history-making nations of the century. If there is one bit of world knowledge above others which intelligent Americans will crave and require during the year that are immediately ahead, it is a knowledge of the rise and trends of the Chinese people.
⑵ Yan Xuetong ( ed.by Daniel A. Bell and Sun Zhe; tr. by Edmund Ryden ) : Ancient Chinese Thought, Modern Chinese Power, Princeton University Press, 2011.

(2018・05・17記)

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