[海峡両岸論] 中国本位から国際主義へ転換 習近平「外交戦略」を読む<岡田充>

2018.8.9東論西遊海峡両岸論:岡田充

第93号 2018.08.09発行by 岡田 充

米トランプ政権が国際協調主義を捨て「内向」を続ける一方、中国は「一帯一路」を看板に「外向」型の外交を展開している。習近平総書記は6月末北京で開かれた「外事工作会議」(写真 新華網)で、中国外交を中国本位から国際主義へと転換、グローバルガバナンスを牽引しようとする「外交思想」を明らかにした。改革開放政策の導入から40年。国内経済建設に重心を置いた鄧小平の実利外交を脱皮し、今世紀半ばに「世界トップレベルの強国」を目指す習外交とは何か。従来の外交政策と比較しながらその輪郭を描く。

党・国家のトップが出席
外事工作会議は6月22~23の両日北京で開催された。工作会議は前回2014年11月末、8年ぶりに開かれている。3年半ぶりの今回会議には「極めて高レベルの」(新華社)という形容詞が付けられた。その理由は、7名の政治局常務委員と王岐山・国家副主席をはじめ、政治局員、全人代、政治協商会議高官と閣僚、最高人民法院長や中央国家安全委員会委員、各省首長、駐外大使、国際機関代表に解放軍など、あらゆる党・国家機関のトップが一堂に会したためである。
トランプ米政権の登場で米中関係の不透明感が増し、習指導部が外交政策を重視している表れであろう。米華字ネット・メディア「多維新聞」は「会議ではメモを取るのが禁じられた」と伝えており、習演説や討議内容に機密性の高い情報が含まれている可能性もある。
まず新華社報道から、習演説の概要をおさらいする。習は演説の趣旨について「わが国と世界の関係の中で問題を見、世界の構造変化におけるわが国の地位と役割をはっきりさせる」と説明。外交戦略の概要と目標として(1)国内・国際二つの大局を一体的に考え、民族の復興に奉仕し人類の進歩を促すという主軸をしっかりつかむ(2)人類運命共同体の構築を推進し、国家主権、安全保障、発展の利益を守る(3)グローバル・ガバナンス・システム改革に積極的に参加しけん引―の三点を強調した。

「グローバル」目立つ10項目堅持
これらの外交戦略目標をさらに具体化し、「新時代の中国の特色ある社会主義外交思想」としてまとめたのが「10項目の堅持」である。少し長いが列挙しよう。①党の集中的統一的指導を強化②中華民族の偉大な復興の実現を使命に、中国の特色ある大国外交を推進③世界平和の維持、共同の発展の促進を目的に人類運命共同体の構築を推進④中国の特色ある社会主義を根本に戦略的自信を強化⑤「一帯一路」建設の推進⑥相互尊重、協力・ウィンウィンを基礎にした平和的発展⑦グローバルなパートナーシップの構築⑧グローバル・ガバナンス・システムの改革を牽引⑨国家の核心的利益をボトムライン(最低線)に、国家主権、安全保障、発展の利益を守る⑩中国外交の独特な風格を構築。
ざっとみても「グローバル」の文字がやたらと目立つ。前回の外事工作会議の習演説の内容と比較してみよう。

「守り」から「攻め」
前回会議で習は「中国の特色ある大国外交」と題して演説し①中国共産党の指導と中国の特色ある社会主義の堅持②中国の発展道路、社会制度、文化伝統、価値観念を堅持③独立・自主の平和外交方針を堅持④中国の正当な権益を決して放棄せず⑤国家の核心利益を決して損害してはならない―など「六つの堅持」を挙げた。これらは鄧小平以来の外交政策を概括的に述べたもので、習外交の特徴はみえない。どちらかといえば「中国本位」の外交であり、「守りが主」である。冷戦終結後に鄧小平が提唱した「韜光養晦,有所作為」(能ある鷹は爪を隠し、自分のやるべきことをやる)を捨てたとは言えない。
今回はどうか。「10項目の堅持」のうち①党の集中的統一的指導を強化と⑥相互尊重、協力・ウィンウィンを基礎にした平和的発展―の2項目は、従来原則の継承だ。しかし他をみると②中国の特色ある大国外交③世界平和の維持と人類運命共同体構築を推進⑤「一帯一路」の推進⑧グローバル・ガバナンス・システムの改革を牽引―はいずれも「中国本位」から「国際主義」への転換、つまり「守りから攻め」に転じたことをうかがわせる。これらの課題はいずれも19回党大会での政治報告に盛り込まれたものばかりである。
前回会議の2014年、習はすでに党・政・軍の最高権力を掌握したが、外交理論と実践はなお模索中だった。今回は19回党大会と全人代で「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」が、憲法と党規約に入り毛沢東以来の権力と権威を持つ「指導の核心」になったことが、外交政策にも反映されたのである。

米中二元論の落とし穴
習はさらに「外交思想」として「国際情勢をとらえるときは正しい歴史観、大局観、役割観を持たなければならない」と、「三つの観点」を強調する。「歴史観」とは、歴史的法則を総括した上で将来を展望し、歴史前進の大勢をとらえるという意味だ。「大局観」は、現象や細部をみるだけでなく、本質と全局をとらえ主要な矛盾と矛盾の主要な側面をつかみ、「末節にとらわれるのを避ける」こと。「役割観」は「世界の構造変化における中国の地位と役割をはっきりさせ対外政策を定める」ことと説明する。
中国ではリーマンショックがあった2008年を、世界資本主義が行き詰まり、米一極主義が後退する「ポスト冷戦後時代」の始まりとする歴史観が主流。こうした歴史観からパワーシフトが始まり、世界の構造変化の中で「グローバル・ガバナンス・システムの改革を牽引する」役割が引き出される。
ここで注意しなければならないのは「世界秩序」を意味する「グローバル・ガバナンス・システム」。貿易戦争に台湾問題など米中摩擦が目立つ中、習外交を「米国中心の世界秩序を中国中心の世界秩序に替える試み」とみる二元論的解釈である。一例を挙げる。「米国を中心に民主主義や市場主義を掲げる勢力が力を維持するのか、独自の世界観や国家観をもって米国中心のシステムに挑戦しようとしている中国が影響力を増すのか」注1。これは「米中二元論」に基づくゼロサム型の「冷戦思考」だが、多くのメディア報道もパワーシフトを「二元論」に基づいて描いている。
中国の認識は世界秩序の「多極化」(写真 G20ブエノスアイレス首脳会合のロゴ)である。「米主導の世界秩序の変革を牽引」するのが外交目標であり、「チャイニーズ・スタンダード」(中国的秩序)をそれに替えると言っているわけではない。習近平は、建国百年の2049年に米国と肩を並べる「世界トップレベルの総合力と国際的影響力を持つ強国」にする目標を定めている。米国との国力の差は依然として大きく、現行秩序に代わる「中国的秩序」は提起していない。

現行秩序から多くの利益
中国の国際政治学者の見方を紹介しよう。王逸舟・北京大国際関係学院副院長注2は、中国が世界で果たす役割として提起する「創造的介入」について「現有の国際体系、アメリカ主導の国際秩序は中国にとって利益が弊害を上回っている」とし、「対抗すべきではない」と主張する。
習近平はトランプとの会談で、「大国関係」の原則として「衝突せず、対抗せず」を挙げた。トランプ時代の米中関係が不透明感を増しているためで、オバマ前大統領時代に「大国外交」の第一原則としていた「相互尊重」は三番目に後退している。
そして「創造的介入」の具体的内容として①国際社会に対し公共財の提供を拡大②海洋、極地、宇宙、サイバー空間など「高辺疆区」での発展加速③日本、朝鮮半島、東南アジアなど中国周辺部でのアジア新秩序形成を積極的にリードする④外交の優先順位の引き上げーの4点を挙げた。王発言は2014年だが、この4点は第19回党大会の政治報告で習が提起した構想を先取りしている。
前掲書の中で、故宇野重昭・島根県立大学名誉学長は「国際秩序が欧米中心のものに一義的にまとまる時代ではなく、中国、東南アジア、イスラム世界などのそれぞれの原則と利益調和に沿った多義的なもの」と指摘。その一方で、日本(人)の外交観、国際秩序観が一義的理解にとどまり、複数の正義が同時に存在する「国際秩序の多義性への理解が不足」していると批判する。宇野は習が掲げる「強国化」に対し、多くの日本人が警戒感を抱いていると指摘しながら、「覇権を求めない」という原則を掲げるだけではなく、「覇権を求めない」外交政策の体系化と、説得力のある理論化が必要と中国側にも注文している。

日本、朝鮮など周辺外交を重視
習外交の実際を見る上で重要なのは、米国との「大国関係」と並び、「周辺外交」と「途上国外交」を重視している点だ。習はこの三つの関係を次のように説明する。「大国関係をうまく企画して、基本的に安定しバランスよく発展する大国関係の枠組み構築を図らなければならない。周辺外交に取り組み、周辺環境が一層友好的に一層有利になるようにしなければならない。発展途上国との団結・協力を深化させ、共に発展する新しい局面形成を図らなければならない」
摩擦が目立つ米国との「大国関係」は「安定しバランスよく発展する枠組み」を目指す一方、パワーシフトを有利に進める上で、多くの周辺国家や途上国を味方につけ、米主導の国際秩序を切り崩そうとの狙いが読み取れる。華東師範大学の沈志華教授によると、周辺国には日本はもちろん、ロシア・中央アジア、朝鮮半島,ASEAN、インドなど周辺国家を指す。強国化戦略の浮沈がかかる「一帯一路」(地図「一帯一路」概念図 WIKIPEDIA)の推進という新たな課題にとっても、周辺外交の比重は重みを増している。
歴史的な米朝首脳会談(6月12日)を挟み、習近平は悪化していた北朝鮮との関係を修復・改善し、朝鮮半島問題への全面的関与を開始した。さらに領土問題で国交正常化以来最悪の状態にあった対日関係でも、李克強首相が5月に訪日し両国関係を改善の軌道に乗せた。周辺国家外交を重視する具体例である。

積極外交も「積み上げ」方式
周辺外交重視の姿勢は今に始まったわけではない。習は国家主席就任後の13年6月に訪米しオバマ大統領との初首脳会談で「新たな大国関係」を構築。続いて13年10月24、25日の両日、「周辺外交工作座談会」を開き談話を発表した。近隣諸国と向き合う際の心得として「親」「誠」「恵」「容」の4文字を掲げた上で「(相手国の)感情を重んじ、常に顔を合わせ、人心をつかむ必要」を強調した。
周辺外交座談会には、周辺約30カ国の大使が出席。習近平は演説の中で、周辺外交の基本的な考え方として、「国内・国際二つの大局を意識せよ」と強調する。国内の大局は、中華民族の復興という「中国の夢」の実現。国際の大局は、改革、発展、安定のため良好な外部条件を勝ち取り、「国家の主権・安全・発展の利益を擁護し、世界平和・安定を擁護し共同発展を促進する」ことにあるとする。
具体的には①インフラの相互連結による「一帯一路」構想の推進②地域金融協力を深化させ「アジア・インフラ投資銀行(AIIB)設立」を挙げているのが注目される。習が強調した「国家の主権・安全・発展の利益を擁護」という表現が中央レベルで使われたのは初めてではない。初登場は2006年8月21-23日北京で開かれた前々回の党中央外事工作会議だった。胡錦濤はこの時、「国家の主権・安全・発展の利益を擁護し外交で主導権をとる」と、積極外交に転じる意思を既に鮮明にしている。
中国が「韜光養晦」を修正したのは、2009年7月17日に開かれた「第11回駐外使節会議」とする見方が定着している。しかし胡錦濤演説は2006年と、それより早く「主権・安全・発展」の三位一体の積極外交路線を打ち出している。習登場によって一気に積極外交に転じたわけではない。習もまた他のリーダー同様、「積み上げ方式」で政策立案していることがわかる。
中国外交のプライオリティは対米関係にある。しかしトランプ時代に安定した関係を築くのは困難だろう。当面は、外事工作会議で明らかにしたように周辺国と途上国外交を強化して、足腰固めを図るはずだ。
(了)

注1 「トランプはインド太平洋戦略を曲解している」(薬師寺克行 2017/11/14「東洋経済 ONLINE」)
注2 「変動期の国際秩序とグローバル・アクター中国」(佐藤 壮・江口伸吾編 2018年3月 国際書院)

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