[時代刺激人]常識破りイノベーションで斜陽化クリーニング業に成長戦略<牧野義司>

2018.11.26時代刺激人:牧野義司東論西遊

<時代刺激人コラム>305
2018 年 11 月 21 日 経済ジャーナリスト 牧野義司

常識破りイノベーションで斜陽化クリーニング業に成長戦略
ぜひ取り上げたい話がある。チャンスがあって最近お会いした東京の下町でクリー ニング業を営む株式会社喜久屋の中畠信一社長の常識破りの経営手法がそれだ。 時代先取りの問題意識や果敢な経営行動は見事で、肥大化した組織がネックになっ てリスクをとろうとしない大企業の経営者から見れば、学ぶ点が多いように思う。
意表つく東京の喜久屋社長中畠さんの経営発想
クリーニング業界は、理髪店などと並び家族経営の中小企業が多く、過当競争か ら安売り競争に走る経営が多い。ところが中畠さんは状況に流されて斜陽産業化して しまう既存の経営に反発、自らイノベーションに大胆チャレンジして成果をあげた。
中畠さんの取り組みで常識破り経営と思った1つが「e クローゼット」システムだ。か さばる冬物オーバーコート、スーツなどをクリーニングに出したいと電話やインターネ ット連絡してもらえば、集荷に参上し、冬物のクリーニング料金だけであとは半年間、 喜久屋が品質管理する収納倉庫で無料預かりする、というもの。
トヨタ生産方式がヒント、「e クローゼット」で季節平準化を狙う
大半のクリーニング店は、顧客が洗濯物を持ち込んでくるのを待つ「客待ちサービ ス」が多い。中畠さんはそこの発想が全く異なり、攻めの姿勢なのだ。モノが増えて収 納スペース確保に困る都市マンションなどの住人の生活状況をしっかりとつかみ、冬 物衣料のクリーニング引き受けと同時に、洗濯物を半年間、無料で倉庫保管する、と いうのだから何とも心憎い。この意表をつく発想が経営行動の原点にある。
中畠さんによると、トヨタ自動車の生産管理方式に学び、それをヒントにクリーニン グ需要の高い春秋期に比べ、閑散な夏冬期の稼働率を上げるため、半年間の無料 保管での季節の平準化を思いついた。その際、10 万着を倉庫保管できる体制もつく り、バーコードをつけ倉庫から洗濯物を取り出すピッキングシステムなどデジタル化対 応も進めた。これらが顧客ニーズと合致、引き合いが多く大成功だ、という。
宅配ネットクリーニングサービスを全国展開
常識破りの極めつけは、宅配インターネットクリーニングサービスだ。宅配大手ヤマ ト運輸、それに中畠さんが全国行脚で提携にこぎつけたクリーニング企業 52 社の 2500 店舗と連携しての全国サービスがそれで、インターネットと宅配がカギを握る。
中畠さんによると、顧客からのネットでのオーダーがベースだが、喜久屋のコール センターへの電話でもオーダーを聞く。提携するヤマト運輸に連絡して集荷を依頼、 そして中畠さんが確保した全国連携のクリーニング店網のうち、顧客が住む最寄り店 でクリーニングしてもらう。最後はヤマト運輸が配送し、最大 4 日間で終える、という。
宅配集配料がクリーニング料金に上乗せされ割高懸念があるが、喜久屋は 1 回の 利用額が 3000 円以上ならば集配料を無料にしているそうで、クリーニング店に持ち 込むよりもメリットはある。1992 年をピークにクリーニング業界の市場規模が小さくな り斜陽化が進んでいるのに、宅配クリーニングは右肩上がり、というから驚きだ。
全国ネットワークのスケールメリットが他企業を誘発
面白いことに、この喜久屋の取り組みにアパレルメーカーや電力会社、サッカーJ リ ーグ、大手スーパーなどが顧客取り込みを意識して提携を申し入れてきた。あるアパ レルメーカーは洋服購入時にポイント付与と同時に喜久屋のクリーニングサービスを つけた。電力会社も自由化でスイッチングという他電力からの取引先変更が実現した 場合、ポイントを顧客に付与し、喜久屋のクリーニング代に活用できるようにした。
これら企業は、喜久屋の全国クリーニングネットワークにスケールメリットを認め WIN・WIN 効果を求めたのだ。中畠さんは「同業他社が喜久屋のプロジェクトに共同 参画してくれたことで全国ネットワークが生まれ、スケールメリットが出た。異業種企 業や顧客との共創も可能にした」と述べる。斜陽化など、文字どおり、どこ吹く風だ。
稲作専業農家束ね株式会社化で生産パワーを拡大
このネットワーク連携は間違いなくプラス効果をもたらす。以前、このコラムで先進 モデル事例として取り上げた兵庫県の農業生産法人で有限会社夢前夢工房社長の 衣笠愛之さんのケースも同じだ。衣笠さんは 2000 年に、兵庫県内の至る所に分散す る稲作専業農家 25 人に働きかけ株式会社「兵庫大地の会」を設立、集約した水田農 地 1000 ヘクタールで、品質を統一したブランド米のコメづくりなどに取り組んで成功した。
衣笠さんは「株式会社化でみんなの力を結集でき、生産パワーも倍加した」と述べ ている。酒造メーカーから一時、大量の酒米生産の依頼が来た、という。これも中畠さ んのケースと同様、ネットワーク連携で実現した 1000 ヘクタールのスケールメリット効果だ。
内閣府の地域伝道師を兼ねる衣笠さんは最近、過疎化などに苦しむ島根県安来市 の中山間地域の比田地区で新たに地域おこしの株式会社組織「え~ひだカンパニー」 設立にも積極関与、農業生産などの地域ネットワークづくりを進めている。
中畠さんは成長センターのアジアでもクリーニング業展開
話を中畠さんに戻そう。喜久屋の素晴らしい取り組みを知るきっかけは、明治大学 経営学部の大石芳裕教授が主宰されるグローバル・マーケティング研究会に参加し た際、中畠さんがゲスト講演で登場、その取り組みを聞き、刺激を受けてのことだ。
大石教授は、斜陽産業化、コモディティ化したクリーニング業界でイノベーションに チャレンジしたこと、徹底して顧客志向、顧客満足を追求したこと、自社のみの繁栄よ りも業界全体の利益追求したことなどがプラスに作用、と総括したが、そのとおりだ。
だが、中畠さんの企業リーダーとしての面白さはこれにとどまらない。いま、タイの バンコクで、喜久屋の経営スタイルをベースに日本流サービスによって 27 店舗のクリ ーニング店展開を行っている。日本の大量の古着を洗い直して再生しタイで販売、そ の代金を 3.11 の東日本大震災の被災地復興支援に充てようという仕事に関与するう ち、バンコクの現地クリーニング店の経営肩代わりを依頼され、持ち前の経営手法で 取り組んだところ、あっという間にタイ社会で評判を得て現在に至った、という。
日本は強み、弱みを見極めて戦略の再構築を
アジアはいま、世界の成長センターとして経済が活況を帯び、中間所得層の厚みが 増してライフスタイル願望が急速に高まっている。食を一例にあげれば、これまでの 生きるために食べる、という食スタイルから、おいしいものを食べたい、安全かつ安心 なものを食べたい、品質のいいものを食べたいと文字どおり豊かな生活を享受したい 社会ニーズとなりつつある。クリーニングも同じで、中畠さんの店は仕上がりがていね いで抜群にきれい、日本の「染み抜き」技術がタイでミラクルとの評判を得るなど、中 間所得層のライフスタイル願望を満たし、日本サービスが評価の対象となっている。
中畠さんは「日本のクリーニングサービス技術を学びたいとのニーズが高い。日本 のクリーニング業がアジアでビジネス展開を行うことは十分可能」という。日本は強み、 弱みを見極めて戦略を再構築せよ、とのメッセージと受け止めた。いかがだろうか。

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