[時代刺激人]時代変化を見据え「第 2 の創業」チャレンジを、他<牧野義司>

2019.3.14時代刺激人:牧野義司東論西遊

<時代刺激人コラム>306
2019 年 3 月 10日   経済ジャーナリスト 牧野義司

時代変化を見据え「第 2 の創業」チャレンジを

デジタル革命、AI(人工知能)など時代を変革するファクターが本格的に動き出 せば、企業によっては、本業消失のリスクが現実化する恐れもある。現に、米 国でプラットフォーマー、アマゾンの EC(電子商取引)攻勢によって、小売り 大手シアーズなど有力企業が相次ぎ経営破たんに追い込まれている。
これらの動きを踏まえ、企業は時代に合わなくなったビジネスモデルを見限 って「第 2 の創業」にチャレンジできるだろうか。率直なところ、どの企業に とっても組織の命運を左右する問題だけに、簡単には踏み出しにくい。
そんな中で、そのチャレンジに成功した富士フィルム、とくに新たなビジネ スチャンスを模索する同社先進研究所の現場を最近、見聞する機会があり、学 ぶことがとても多かった。それらを参考に問題提起レポートしてみよう。

富士フィルムは当初「本業消失」に強い危機感

デジタルカメラなどの登場で、写真の銀塩フィルムが不要になる、という時 代変化のもとで、米イーストマン・コダックと日本の富士フィルムは、互いの 企業行動の差によって、対照的な結果になったことはご存知だと思う。
まずコダック。デジタル技術への取り組みで先行していたはずなのに、経営 トップがフィルム生産で世界トップシェア企業の自負からか、旧来の銀塩写真 フィルムの生産にこだわった。それが時代変化の読み誤りにつながり、結果的 に、2012 年の経営破たんを招いてしまった。
ところがライバル企業の立場にあった富士フィルムは違った。トップリーダ ーの危機感が強く、2000 年に社長就任した現富士フィルムホールディングス会 長の古森重隆さんが本業消失危機、という強い問題意識を持ち、「第 2 の創業」 に向けてチャレンジした。古森さんは自著「魂の経営」(東洋経済新報社刊)で、 そのチャレンジ策を盛り込んだ「VISION75」を 4 年後、内外にアピールするに あたって、社内に対し、次のようなゲキを飛ばした、と書いている。

「トヨタの自動車、新日鉄の鉄がなくなるのと同じ」

「(富士フィルムの)現状をトヨタ(自動車)にたとえれば自動車がなくなる ようなものだ。新日鉄にたとえれば鉄がなくなることだ。写真フィルムの需要 がどんどんなくなっている今、我々は、まさにそうした(本業消失の)事態に、 真正面から対処しなければならない」と。
富士フィルムは、苦闘しながらも「第 2 の創業」に向けた必死のチャレンジ によって化粧品・サプリメント、医薬品、半導体材料などの新規事業を次々に 生み出し、写真フィルム企業のイメージをガラッと変えた。見事なものだ。
しかし興味深いのは、リーダーの古森さんが「銀塩写真中心の写真事業を継 続し、さらなる写真文化の発展をめざす」考えを貫いたことだ。その結果、写 真フィルム事業を深化させると同時に、そのフィルム技術を生かして新規事業 の開発に取り組み、レントゲンフィルム、コンピューター用バックアップテー プ、液晶用フィルムなどの事業をビジネス化した。

4象限マトリックスで技術、市場を徹底分析

なぜ、こうした取り組みが可能だったのだろうか。先進研究所で R&D(研究 開発)を統括する富士フィルム取締役の柳原直人さんの話を聞いていて、「第 2 の創業」のキーポイントが理解できた。
要は、4 象限マトリックス、端的には「既存の技術で既存市場に適用できるこ とがまだ他にないか」「新技術で既存市場に適用できるものはあるか」「既存技 術で新市場に適用できることはないか」「新技術で新市場を作り出せるとすれば 何があるか」の 4 分野に分けて徹底的に市場や技術の活用を分析した。その際、 既存技術と新技術をヨコ軸に置き、またタテ軸には現在の市場と将来市場を設 定し、さまざまな事業可能性を探る分析手法でチャレンジした、というのだ。
一見して、当たり前のように見えるが、この分析手法は自身の強み、弱みを 見極めながら「第 2 の創業」の戦略分野を絞り込むには極めて有効だ。

三菱商事はデジタル戦略部を軸に新ビジネス挑戦

この手法を見て、ふと思い出したのが、大手商社三菱商事の新たな取り組み だ。2018 年秋の「中期経営戦略 2021」で、多次元分析による事業戦略構築を 打ち出した。それによると、事業グループを時代変化に合わせて自動車・モビ
リティ、複合都市開発、産業インフラ、電力ソリューションなどに再編成する と同時に、それらグループをヨコ軸に、タテ軸には川上・川中・川下を設定し タテ・ヨコから新ビジネスを模索、さらに新設のデジタル戦略部が軸になって スタートアップ企業などと提携、ビッグデータを活用しデジタル・トランスフ ォーメーションにチャレンジ、既存の経営企画部事業構想室ともヨコ展開で連 携していくというもの。一方で実力本位の人材を掘り起こす人事改革にも取り 組んだ。タテ割の巨大組織にクサビを打ち込む大胆チャレンジと言っていい。

日立も重厚長大型モデルから社会イノベーション

これまで大手商社は、新日鉄など既存の大企業の BUY&SELL、早い話が原 材料の海外買い付け調達、そして国内で加工製造した製品の海外向け輸出に関 与、それらビジネスにつながる海外鉱山開発などへの事業投資が主だった。
しかし三菱商事の場合、トップの垣内威彦社長がそのビジネスモデル安住で は将来がない、とデジタル革命対応を軸に 10 数年ぶりの大胆な組織改革が必要 と危機感を持った、と見た。日立製作所もすでに既存の重厚長大型ビジネスモ デルに見切りをつけ、社会イノベーションに大きく舵を切った。経営や組織の 重い課題を抱える企業ほど「第 2 の創業」は重要なチャレンジテーマなのだ。
富士フィルムの話に戻そう。柳原さんは「強みと強みを掛け合わせ、新たなビ ジネスチャンスを生んだ」という。何かなと思ったら、ライバル企業の花王と 事業連携、花王の毛髪制御技術、富士フィルムの染料技術を持ち寄ってレイン ボー染料という新技術を共同開発、光線の角度によってヘアカラーが自在に変 わる製品をつくり市場評価を得た、という。まさに化学反応を起こしたわけだ。

作家楡周平さんの小説「象の墓場」のモデルは?

作家の楡周平さんがかつてコダックの日本法人に勤めていたのをご存じだろ うか。楡さんは当時、米国本社コダックの戦略判断ミスに強いいら立ちを持っ ていたのがきっかけだったのか、小説「象の墓場」(光文社文庫刊)でフイルム メーカーのソアラという架空企業の凋落の話を書き、話題になった。
小説でこんな描写がある。「写真のビジネスモデルって確立され過ぎてんだ。 カメラ、フィルムがなけりゃ、画像は撮れない。撮ったら最後、現像、プリン トしなけりゃ見ることができない。そのすべてのところでソアラは儲けまくっ た」と。コダック破たんは、過去の成功へのこだわりが響いたといえまいか。

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