[海峡両岸論] 「対中同盟」の再構築狙う新戦略 日米一体の「インド太平洋戦略」<岡田充>

2019.9.19東論西遊海峡両岸論:岡田充

第105号 2019.08.18発行 by 岡田 充

「対中同盟」の再構築狙う新戦略日米一体の「インド太平洋戦略」

 トランプ米政権が、米国の新アジア政策「インド太平洋戦略報告」注1(写真 米国防総省)の詳細を発表した。安倍政権も2016年、自由で開かれたインド太平洋戦略」(FOIP)を提示し、インド太平洋の当事国であるインドとオーストラリア、東南アジア諸国連合(ASEAN)もそれぞれ「インド太平洋戦略(構想)」を打ち出している。五つの「戦略」には共通点も多いが、決定的に異なる点がある。それは対中国姿勢である。米戦略の最大の特徴は「米軍の軍事的優勢は失われている」という現状認識から、新たな「対中同盟」構築を鮮明にした点にある。一方インドやASEANは中国排除に与せず対中同盟には否定的だ。第二に、日米は戦略を「共同の外交戦略」にすることで合意しており、日米が安全保障面で一体化し相互補完関係を推進すること。そして第三が台湾重視の姿勢である。安倍政権は日米基軸外交を強化する一方、日中関係改善を進める。だが「戦略」をめぐって米中確執が強まれば、対中政策の整合性をめぐる困難に直面するだろう。

「自由秩序」と「抑圧秩序」の戦い
 米「インド太平洋戦略」の形成プロセスを振り返る。
トランプ大統領は2017年11月のアジア歴訪で来日した際、安倍晋三首相との首脳会談で「戦略」を「日米の共同外交戦略」にすることで合意した。戦略概要はマティス前国防長官が18年6月に明らかにし、ペンス副大統領も同11月、最大600億ドル(約6兆5千億円)の融資枠を公表した。
今回は、シャナハン前国防相代行が19年6月1日、シンガポールのアジア安全保障会議で、55頁からなる戦略報告を発表し、詳細を明らかにしたのである。
戦略報告は、インド太平洋地域を米国の将来にとって「最も重要な地域」と明記した。そして、地域における安全保障の対立を「自由な世界秩序を求める」理念と「抑圧的な世界秩序を求める」理念との戦いとし、中国を米主導秩序に挑戦する「修正主義国家」と規定した。トランプ政権は17年12月の「新国家安全保障戦略」でも、中国とロシアを現状変更を目指す「修正主義国家」と規定している。
戦略報告は、インド太平洋地域での「中国との衝突」を意識して次の三点を挙げる。
① いかなる戦闘にも対応できる米国と同盟国による「合同軍」の編成
② 米中衝突に備え、日米同盟をはじめ同盟国および友好国との重層的ネットワーク構築
③ 中国と対抗する上で台湾の軍事力強化とその役割を重視
米中パワーシフトが進行する中、同盟・友好国と重層的なネットワークを築いて、新たな「対中同盟」を構築することにこの戦略のキモがある。

リバランス政策の継承・発展
米政権が「インド太平洋戦略」という名称を使ったのは初めてだ。しかし、インド太平洋の戦略的重要性については、クリントン政権からジョージ・W・ブッシュ政権時にも明確に認識されていた。そして「オバマ政権の発足とともにその認識はさらに強まり、それと連動するかたちで『インド太平洋』概念が注目されるようになった」注2経緯がある。
 その契機になったのが、オバマ時代の2011年10月、ヒラリー・クリントン国務長官注3 (写真WIKIPEDIA)が発表した「アメリカの太平洋世紀(America’s Pacific Century)」と題する論文である。ヒラリーはこの中で、インドとの海軍協力、オーストラリアとの同盟に触れながら、「インド太平洋」の概念を使うのである。この流れをみれば、トランプの「インド太平洋戦略」は、オバマ政権の「アジア太平洋戦略」(リバランス戦略)の安全保障部分を継承・発展させたとも言える。

米軍は優位を喪失
オバマ戦略とトランプ戦略を比較する。
オバマ戦略は、①海洋の自由の維持②衝突と威嚇の抑止③国際法と国際スタンダードの維持促進―を重視した。特に強調したのは、国連海洋法条約だった。この目標実現のためオバマは①米軍事力の増強②同盟・友好国との海軍力増強を支援③開放的で効果的な地域の安保枠組み構築―を挙げた。
一方、トランプ「戦略」を知る上で重要なのは、18年に発表された「国家防衛戦略」の「4目標」である。これは①米本土の防衛②世界最大の軍事力の維持③カギとなる地域での米国に有利な力のバランス維持④米国の安全と繁栄に有利な国際秩序の推進―からなる。
戦略報告で注目されるのは、この「4目標」を受けて「米軍の中国およびロシアに対する軍事的優勢は喪失しつつあり、米軍の侵略と威嚇に対する抑止力は低下している」との現状認識に立っていることである。
「戦略報告」は、米軍の劣勢挽回のために、「合同軍」と「同盟・友好国とのネットワーク」構築を提起する。オバマ戦略と比べ、対中軍事抑止の性格は一層鮮明である。「力による平和」という共和党の伝統的な外交路線の継承でもある。

「七つの同心円」
ネットワーク構築の目的は「侵略抑止と安定維持」にあり、同盟・友好国の海軍力増強の支援を挙げている。そして地域の同盟・友好国をグループ別に次のように描く。
1、日本、韓国、オーストラリア、フィリピン、タイの同盟国
2、シンガポール、台湾、ニュージーランド、モンゴルの4か国
3、インド、スリランカ、モルジブ、バングラディッシュ、ネパール
4、ベトナム、インドネシア、マレーシア
5、ブルネイ、ラオス、カンボジア
6、パプアニューギニア、フィジー、トンガなど太平洋島嶼国
7、英国、フランス、カナダ
中国南海研究院の張鋒・兼任教授注4は、このネットワークを「米国を中心とする七つの同心円」と表現した。「同心円」をながめると、インド太平洋諸国が、米国にとり重要度の高い順に配列されていることがわかる。一番外の「第7の円」は、戦略を大きな枠から支えるグローバルな同盟国である。
「第一の円」に挙げられた日本と韓国が、慰安婦、徴用工など歴史問題と通商をめぐり敵対関係に陥っているのは、トランプ政権にとって手痛い打撃である。「戦略報告」も「パートナーシップ構築」の章でわざわざ一項目を立てて「韓国、日本と米国の三角パートナーシップは、地域の平和と安定にとって重要」と強調しているほどだ。

安倍の「インド太平洋」
以上が米「インド太平洋戦略」の概要である。繰り返すが「戦略」は17年11月6日のトランプ・安倍首脳会談(35分間)で、北朝鮮問題に続いて二番目のテーマに取り上げられた。日本外務省注5は、米戦略と安倍の「自由で開かれたインド太平洋戦略」(FOIP)との整合性を意識しつつ、「共同外交戦略」にする上での課題を次のように書いた。
―日米が主導してインド太平洋を自由で開かれたものとすることにより、この地域全体の平和と繁栄を確保していくため、以下の三本柱の施策を進めることを確認し、関連する閣僚、機関に具体的な協力策の検討を指示しました。
(ア)法の支配,航行の自由等の基本的価値の普及・定着
(イ)連結性の向上等による経済的繁栄の追求
(ウ)海上法執行能力の構築支援等の平和と安定のための取組―

経済・安保の二本柱
 日米の二つの戦略を比較しよう。
安倍戦略は16年8月末、ケニアで開かれたアフリカ開発会議(TICAD)(写真 戦略を発表する安倍首相 外務省HP)で発表された。
それは二つの部分からなる。第1は、東アジアから南アジア、中東、アフリカに至る広大な地域でインフラ整備、貿易・投資、開発、人材育成などについて、日本を軸にした広域的な経済・開発協力を目指す。「一帯一路」への対抗意識が透けて見える。上記の日米首脳会談を受けた「三本柱の施策」の(イ)に当たる。
第2が安全保障。「両大陸をつなぐ海を平和な、ルールの支配する海」にするため「インド、同盟国である米国、オーストラリア等との戦略的連携を一層強化する」として「日米印豪4カ国」(QUAD)の安保連携を訴えた。QUADは安倍戦略のキーワードであり、米戦略でも全て「第一の円」に入っている。
「三本柱」でいえば(ア)(ウ)に当たり、「航行の自由」や「海上法執行能力の構築、支援」は、日米とともに印豪も巻き込んで実行することが想定されている。

「戦略」に格上げされたQUAD構想
QUADの提唱はこれが初めてではない。第1次安倍政権当時の2006年、安倍は日米に加えインドとオーストラリアとの連携強化を図る「4カ国戦略対話」創設を提案した。だが提案は安倍が1年で政権を投げ出したため頓挫。
安倍は第2次政権発足直後の12年末、今度はQUAD連携を「安全保障ダイヤモンド構想」の名称で再提起する。「QUAD戦略対話」も「ダイヤモンド構想」も、狙いは海洋進出を強化する中国への包囲網強化にあり、米戦略がうたう「対中同盟」に一歩先行した側面もある。
戦略が発表された16年は安保関連法案が施行(3月)され、中国の南シナ海での人工島建設をめぐる米中対立が頂点に達した時期である。QUAD構想は「戦略」へと格上げされたのである。
地球規模に活動拡大
ここで冷戦終結後、日米安保条約の定義と条約の範囲がどう変化したか、簡単にトレースする。
橋本龍太郎首相は1996年4月、クリントン大統領との間で「安保共同宣言」に署名した。その特徴は①安保体制の目的をソ連への対抗から「アジア太平洋地域の安定的な繁栄」へと再定義②日米協力の範囲を従来の「日本と極東」からアジア太平洋に拡大―である。いずれも海洋進出を強める中国と、核開発を進める北朝鮮をにらんだ新戦略だった。
安倍政権は2014年、集団的自衛権の行使を容認。15年には安保関連法を成立させた。16年に施行された安保関連法によって①自衛隊は平時に米軍艦船などを防護②米軍を地球規模で後方支援―が可能になった。日米安保の対象地域は「アジア太平洋」から地球規模へとさらに拡大したのである。
18年末閣議決定した「新防衛大綱」では、自衛隊装備では、「いずも」型護衛艦の空母化注6計画が明記され、ステルス戦闘機F35、地上配備ミサイル防衛システム「イージスアショア」など、米国製武器の大量購入を決めている。
安保関連法に即して言えば、海上自衛隊は17年5月、「いずも」が「米艦防護」の任務を初めて実施したほか、インド太平洋に長期航海させ事実上の「哨戒活動」を展開した。防衛省注7によると、自衛隊が安全保障関連法に基づき米艦などを守る海と空での「武器等防護」活動は、19年2月末までに16件に上り恒常化している。
自衛艦と米軍・豪軍、インド軍とのQUAD合同演習も定期化している。さらにベトナム、フィリピン、インドネシア、パラオなどへの巡視船供与を通じ、米戦略がうたう「同盟・友好国の海軍力増強」の側面支援もしている。米「インド太平洋戦略」の「ネットワーク構築」の部分は、安倍政権によって既に実行に移されていることが分かる。

次期空母「いずも」の活躍
 「日米の相互補完関係と一体化促進」の中身を詳しくみてみよう。
海上自衛隊の次期空母「いずも」(写真 防衛省HP)など、大型護衛艦は16年から、南シナ海とインド洋での長期航海を開始した。安倍政権は米側が希望する「自由航行作戦」への参加は見合わせている。しかし、事実上の「哨戒活動」の頻繁化によって「自由航行作戦」を補完し、米軍や同盟国との軍事演習も恒常化させている。
長期航海は17年から本格化し、「いずも」は南シナ海とインド洋へ3カ月間長期航海し、日米印の共同訓練「マラバール」に参加。18年は「かが」を8月末から約2カ月間、南シナ海・インド洋へ派遣し、米国および米同盟国と軍事演習を行っている。
19年の活動をみると、日米「戦略」がいよいよ本格的にかみ合ってきた印象を受ける。「いずも」は4月30日~7月10日まで「インド太平洋方面派遣訓練」注8を実施。5月19日、日仏豪米の4ヵ国による初の共同訓練注9をインド洋ベンガル湾で行った。これにはフランス原子力空母「シャルルドゴール」と豪潜水艦など10隻が参加した。
さらに5月22日までスマトラ島西方の海空域で、対潜水艦戦や搭載ヘリの相互発着艦などの訓練を実施した。6月19、20両日、南シナ海で米原子力空母ロナルド・レーガンなどと共同訓練を行った。日米の空母が一体となって演習を行う様は、まさに「インド太平洋戦略」の体現と言っていい。

日本版海兵隊が上陸演習
一連の演習には、18年に発足した日本版海兵隊の「水陸機動団」が初めて参加した。7月16日に公開されたオーストラリア北東部海岸での米海兵隊との共同訓練では、輸送艦から水陸両用車や揚陸艇で上陸し、陸上戦闘を想定した実戦さながらの演習を行った様子が記録されている。
「いずも」はブルネイ沖で、日本の海上保安庁と異例の合同訓練も行っている。尖閣諸島で中国海警局の公船と対峙する巡視船との訓練が、中国に向けたものであるのは間違いない。
「いずも」「かが」の次期空母は「自衛隊と米軍との一体化の象徴」(自衛隊幹部)とされる。トランプは5月末来日した際、安倍とともに横須賀基地で「かが」に乗艦し、日米の海洋安保協力を演出した。

対中抑止で台湾重視
米戦略の三番目の特徴である台湾重視政策の内容をみる。「第2の円」に台湾を入れたことについて報告書は「強く繁栄し民主的な台湾を含め、ルールに基づく国際秩序を支持することは、米国にとって極めて重要な利益。米国は台湾との強力なパートナーシップを追求しており、インド太平洋の安全と安定へのより広範な取り組みの一環として台湾関係法を忠実に実行する」と書いた。対中抑止の上で、台湾を重視している表れであり、オバマ戦略には見られなかった特徴である。
「第2の円」について報告書は「インド太平洋地域の民主主義国家として、シンガポール、台湾、ニュージーランド、モンゴルは信頼でき、能力がある米国のパートナー」と位置付けた。そして「4国は世界で米国のミッション遂行に貢献している」と、台湾を国家(Country)扱いしていることから、「台湾を国家扱いした」 との報道もあった。
ただこれは少しナイーブすぎる評価ではないか。「一つの中国」への挑戦を意図したというより、「国家」と「地域」を区別して表記する煩雑さを避けるための、「誤記」の可能性もある。

「航行の自由作戦」を台湾海峡に拡大
台湾重視の具体的動きをみる。第一は米軍艦の台湾海峡通過(写真 台湾海峡 WIKIPEDIA)。米軍艦の台湾海峡通過は17年は1回だけだった。しかし18年になると7月から計3回。19年は前半だけで既に5回を数え頻繁化している。
 台湾海峡は国際海峡であり、軍艦を含め自由に航行できる。中国側も通過自体に「異議」を唱えているわけではない。しかし1996年の「第三次台湾海峡危機」で、米国が「インディペンデンス」など二つの空母機動艦隊を台湾海峡に急派して以来、軍艦の台湾海峡通過は「政治性」を帯びることになる。
この中で注目されるのは、フランスのフリゲート艦が4月に台湾海峡を通過し、6月にはカナダ海軍の艦船2隻が通過したこと。カナダ軍艦通過(6月18日)の際、台湾国防部は「航行の自由を実施した」と発表し、台湾メディアも米政権の「航行の自由」作戦に呼応した動きとの見方を伝えた。「七つの同心円」の外円に、フランスとカナダが入っている理由がわかる。フランスは南太平洋島嶼にフランス海外県を抱えており、太平洋当事国でもある。
一方、米国が15年10月に開始した南シナ海での「航行自由作戦」は、17年に4回、18年は5回だった。だが19年は5月末までに既に4回と頻繁化、英海軍も揚陸艦を18年8月31日に西沙諸島を航行させた。これも米戦略の「ネットワーク化」の一例だ。
米中対立の激化に伴い①米軍は「航行の自由作戦」を南シナ海から台湾海峡にまで拡大②米軍艦だけでなく英仏加など同盟・友好国も参加③自衛艦の事実上の哨戒活動とQUAD軍事演習―という新たな安全保障協力の姿が浮かび上がってくる。

有事の日台連携
日米「戦略」に関連し、「米中日台」関係にも少し触れよう。
海上自衛隊幕僚長を16年7月まで務めた岩田清文氏は、日米の海洋安保協力について興味深い発言をしている。17年9月16日付の共同通信電によると、岩田氏はワシントンでのシンポジウムで「米国が南シナ海や東シナ海で中国と軍事衝突した場合、米軍が米領グアムまで一時移動し、沖縄から台湾、フィリピンを結ぶ軍事戦略上の海上ライン『第1列島線』の防衛を、同盟国の日本などに委ねる案が検討されている」と明らかにした。
岩田はさらに「米軍が一時的に第1列島線から下がることになれば、日本は沖縄から台湾に続く南西諸島防衛を強化する必要がある」と述べたという。かみ砕いて言えば、米中有事の際は、日台連携の下で中国軍に対峙する可能性があるという意味だ。
台湾では20年1月11日に予定される次期総統選に向けて、既に総統選モードに入っている。再選を狙う民進党の蔡英文に対し、国民党候補は庶民人気が高い韓国瑜・高雄市長に決定した。無党派の柯文哲・台北市長と、国民党予備選で落選した郭台銘の進退という変数は残るものの、民進・国民の二大政党争いであれ、第三勢力が出馬する「三つ巴」の戦いであれ、予測の難しい混戦になるだろう。
総統選挙の最大の争点は、蔡政権下で悪化した「両岸関係」である。香港で続く大規模デモによって、台湾でも「一国両制」への不信感が高まり、蔡支持率は回復している。中国も大陸中国人の台湾への個人旅行を禁止するなど、総統選をにらんだ圧力をかけ始めた。

自衛艦の台湾海峡通過は?
トランプ政権は蔡再選を期待している。蔡のカリブ海歴訪(7月)の際、往復とも二泊の米国滞在を認めたのは、蔡への期待の表れだ。米中対立長期化の中、国民党が政権を奪還し両岸関係が改善されると、中国を抑止する「台湾カード」の効果が減衰する。安倍も以前から信頼関係を築いてきた蔡の再選を望んでいるはずだ。
香港大規模デモは、総統選情勢に影響する大変数だが、韓が優勢になればトランプ政権はあらたな「台湾カード」を切るかもしれない。新たな武器供与のほか、軍艦の台湾海峡・南シナ海航行は継続した上、それでも不十分となればどう出るだろう。
あくまで「頭の体操」だが、トランプ政権が安倍政権に、自衛艦の台湾海峡通過を要請する可能性はないだろうか。「インド太平洋戦略」が日米共同の戦略とするなら、あながち空論とは言えない。それが総統選直前であれば、日米が蔡を支持するサインになるのは間違いない。

対中改善の「地雷原」に
安倍「戦略」に話を戻す。安倍は17年春から日中関係改善の切り札として「一帯一路」への協力に舵を切った。そうなれば対中包囲網の強化を目指してスタートした「インド太平洋戦略」の意味は変化せざるを得ない。そこで、安保と経済を切り離す「政経分離」注10を図った。
注目に値するのは、18年10月の安倍訪中の直前から「戦略」の二文字を削除し「インド太平洋」や「インド太平洋構想」と言い換え始めたことだ。安倍は国会でも「(構想は)一帯一路など他国の政策に対抗するために進めているものではない」(19年3月25日)と答弁している。外務省関係者はその理由として「軍事的意味合いを薄めるため」と説明するが、対中配慮からの削除は明らかである。習近平政権も米中対立が強まる中、安倍「戦略」批判は一切控えている。
米中対立の中で「戦略」の二律背反に苦しむ安倍政権にとって、自衛艦の台湾海峡通過は何としても避けたい「悪夢のシナリオ」に違いない。せっかく緒に就いた日中関係改善の動きがストップし、場合によっては来春の習訪日を犠牲にしなければならない。
安倍政権にとって「戦略」は対中関係改善への途上に埋められた「地雷原」になるかもしれない。(一部敬称略)
(了)

注1 「INDO-PACIFIC-STRATEGY-REPORT」
(https://media.defense.gov/2019/Jul/01/2002152311/-1/-1/1/DEPARTMENT-OF-DEFENSE-INDO-PACIFIC-STRATEGY-REPORT-2019.PDF)
注2 中山俊宏「アメリカ外交における「インド太平洋」概念 ―オバマ政権はそれをどのように受容したか―」(日本国際問題研究所)
http://www2.jiia.or.jp/pdf/resarch/H26_Indo-Pacific/01-nakayama.pdf
注3 HILLARY CLINTON「 America’s Pacific Century」(「foreign policy」 2011年10/11 )
https://foreignpolicy.com/2011/10/11/americas-pacific-century/
注4 张锋:美国的印太海洋秩序观
(http://comment.cfisnet.com/2019/0628/1316584.html)
注5 「日米首脳ワーキングランチ及び日米首脳会談」(2017年11月6日 外務省HP)
http://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11093378/www.mofa.go.jp/mofaj/na/na1/us/page4_003422.html
注6 岡田充「いずも」空母化に神経とがらせる中国——関係改善しながら中国牽制する安倍政権(BUSINESS INSIDER)
https://www.businessinsider.jp/post-172268
注7 「自衛隊法第95条の2に基づく合衆国軍隊等の部隊の武器等の防護に係る警護の結果(平成30年)について」(防衛省「おしらせ」)
https://www.mod.go.jp/j/press/news/2019/02/27b.html
注8 「平成31年度インド太平洋方面派遣訓練部隊(IPD19)」(海上自衛隊HP)
https://www.mod.go.jp/msdf/operation/cooperate/IPD19/
注9 「US, Japan and Australia train with French aircraft carrier in Bay of Bengal」(STARS&STRIPES  May 16, 2019)
https://www.stripes.com/news/pacific/us-japan-and-australia-train-with-french-aircraft-carrier-in-bay-of-bengal-1.581208
注10 海峡両岸論第96号「協調と包囲の矛盾解けない対中政策 安倍訪中がもたらした「消化不良」
http://21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_98.html

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