第88号 2018.03.08発行 by 岡田 充
台湾の蔡英文総統(写真 花蓮地震の被災地を訪れた蔡総統 総統府HP)の支持率下落に歯止めがかからない。昨年末の世論調査では、彼女の好感度は46.9%と、習近平・中国国家主席の51.1%を下回ってしまった。悪い冗談ではない。中華世界で初めて民主化を達成し、日本をはじめ海外では好感度抜群なのに、なぜ支持率は上がらないのか。内政と対中政策に関する世論調査から低迷の背景を探った。
支持率27%も
まず1月末から相次いで発表された世論調査結果をみよう。「台湾民意基金会」が28日に発表した調査で、蔡政権の施政に「賛成」は31・7%で「不賛成」の47%を大きく下回った。政権が誕生した直後の16年5月には7割近くあった支持率はその後、4割台で推移。基金会の調査の最低は昨年8月の29.8%だったが、今回はそれに近い結果になった。台南市長を務め独立派から人気の賴清德・立法院長への満足度は47%(不満36%)だから、蔡の個人的資質に対する不満も影響しているのかもしれない。
台湾ではこのほか4つの世論調査結果が発表された。「美麗島電子報」(1月30日)の調査では、政権信任度は30.2%(「不信任度」は54.5%)と、昨年6月の32.9%を上回り最低を記録、「蔡は執政以来最も厳しい信任危機に直面している」とコメントした。31日には《新新聞》と《風傳媒》が、台湾指標民調に委託した世論調査を発表し、蔡信任度は36.3%(不信任47.4%)だった。2月12日に「台湾競争力フォーラム」注1が発表した調査では支持率は27.6%と2割台になった。
蔡総統は春節明けの2月23日、外交、国防など5閣僚を交代する内閣改造を発表。外相に最側近の呉釗燮・総統府秘書長、国防相には国家安全会議の厳徳発秘書長を充てた。世論調査では定評のあるTVBSが改造直後に行った調査では、施政満足度は30%(前年11月比2ポイント増)と不滿の51%(同)を大きく下回り、改造も支持率に関しては「焼け石に水」となった。
台湾民意基金会によると、支持低迷の理由の第一は中途半端な内政改革が、民進党の支持基盤だった青年層や労働者の離反を招いたこと。蔡氏は誕生以来、対中関係では「現状維持」を掲げる一方、内政改革を優先し清新さをアピールしようとしたが奏功していない。TVBSの調査では10代から20代の若者の支持率は25%、27%と他の世代より低いのが特徴。
階層間、世代間に新矛盾・分断
改革の目玉は(1)労働基本法改正(16年12月成立)(2)公務員の年金改革(17年6月成立)(3)同性婚を認める婚姻平等法案(4)移行期正義促進条例(17年12月6日成立)―だった。
まず労基法改正案(写真 労基法撤回を要求するデモ フォーカス台湾)。週休二日制の導入や休日残業の割増率の引き上げ、有給休暇の対象者拡大を目指したが、同時に12日間の連続出勤を合法化し、シフト勤務の間隔を11時間から8時間に短縮した。これに看護師や運転手などシフト職場の労働者が「過労死させるつもりか」と総反発、法律修正を求め大規模デモやハンガーストを展開してきた。日本同様、増加する派遣労働者や臨時雇用労働者に関する規定がなく、社会階層間の矛盾が浮き彫りになった。
次いで年金改革法。これまで公務員の退職金には18%の優遇利率が適用されており、少子高齢化が進む中で財政圧力は強まる一方だった。新法施行でことし7月から20年末までは月割支給の場合年利が9%に、21年以降は0%になる。必ず手を付けなければならない改革だが、公立学校の退職教員や退役軍人から強い反対を招いた。
成立すればアジアで初となる「婚姻平等法」も宙に浮いている。民進党支持者や台湾独立支持者が多いキリスト教「長老派教会」が法案に反対したためだ。李登輝元総統も同教会に属するクリスチャン。
台湾では国民党と民進党による二大政党の政権交代が繰り返され、両党間の対立が政治の基本軸になってきた。しかし今回は中途半端な改革が、各階層間と世代間に新たな矛盾と分断を広げる結果を生みだし、支持下落につながっている。特に20~24歳の青年層の5割強が蔡施政に反対し、賛成の3割を上回った意味は小さくない。「民進党はミレニアル世代の支持が高い」という公式は崩れた。
両岸政策は「三すくみ」
一方、蔡政権に武力統一をちらつかせ、圧力を強める中国との関係はどうか。民意基金会の調査では、両岸政策に「満足」の回答は31%で、「不満」はその倍の約6割。「信任の危機」をもたらしているもう一つの要因が両岸政策とみていいだろう。
対中政策の何が「不満」なのか。両岸政策への反応で最も多いのが「ちょうどよい」の30.3%。しかし「軟弱過ぎる」(29・8%)と「強硬過ぎる」(23・3%)を併せればほぼ三分され「三すくみ」状態にあることが分かる。政党支持率別にみると,民進党支持者は「ちょうどよい」が約5割で、「軟弱」が35%。国民党支持者の47%は「強硬」と受け止めた。
蔡は総統選挙運動の最中から「現状維持」を強調し、馬英九前総統が認めた「一つの中国」に関する「92合意」は、容認しない姿勢を貫いてきた。このため中国側は①閣僚級政治協議と海基会、海協会による準公的対話を中断②2014年に400万人を超えた大陸からの旅行者数を16年は17%減らし、17年は22%減少③パナマなどの台湾と国交を持つ国の切り崩しと世界保健機関(WHO)総会からの排除―などの圧力をかけてきた。
さらに戦闘機や空母「遼寧」を含めた軍艦を台湾海峡の中間線付近やバシー海峡を航行させ軍事的圧力を強めてきた。ことしに入ると、台湾海峡中間線付近を南北に走る民間航空路「M503」の運用を一方的に開始し強硬姿勢が目立つ。中国の圧力は、1996年の台湾海峡危機や、2000年の総統選挙当時の、文章で攻撃し武力威嚇する「文攻武嚇」注2を思わせる。
圧力強化に蔡はどう反応したか。彼女は17年12月29日、国家中山科学研究院での内外記者会見注3で 「大陸の軍事拡張の意図はますます明瞭。国防力を向上させてこそ、国家の安全は保障される」と、自主防衛強化の方針を打ち出した。しかし「大陸は武力行使する可能性はあるか」との記者の質問に、「両岸問題は軍事的武力を通じては解決できない」と、中国の武力統一の可能性は否定するのである。
しかしそれからひと月もたたない1月22日、台湾「三立テレビ」とのインタビュー注4で司会者の鄭弘儀氏から「台湾への武力行使はあるか」と問われ、蔡は「中国から攻撃を受ける可能性は誰も排除できない」と、口ぶりを一転させた。この変化について北京聯合大学台湾研究院の朱松嶺教授は、軍や米国など内外の圧力があったと指摘する。
蔡の両岸政策への世論調査の反応は三分されている結果が表れたが、こうしたちぐはぐな対応も指導力への信頼を疑わせる要因であろう。特に、独立派はこうした曖昧な姿勢を嫌う。
53%が中国での就職希望
興味深いのは「M503」運用に対する世論の反応である。中国の航空各社は、春節(旧正月)に向け台湾に増便を申し入れたが、蔡政権はこれを拒否。この「拒否」に対し民意基金会の調査で44・3%が反対し、賛成(39・8%)を上回る結果が出たのだ。大陸には約100万人の台湾ビジネスマンが常駐し、台湾に春節に帰省する直行便が少なければ、困るのは彼らである。「政治判断」より「利便性」を重視したことがうかがえる。
台湾では、「産まれた時から台湾は独立国家」と考えるミレニアル世代を「天然独」と呼ぶ。彼らは馬英九前政権の対中融和政策に反対し、民進党の政権復帰の原動力になったとされてきた。しかし「遠見」注5の世論調査 によると、18~29歳の青年層の53%(前年比10・5%増)が中国大陸での就職を希望する結果が出た。
理由は「賃金など待遇が台湾より高く将来性がある」からである。台湾政治大学の林祖嘉教授は背景について「両岸関係が良くないのに大陸での就業を希望するのは、彼らがリスクを恐れていないこと、恐れればチャンスを失うと考えている」と分析した。
先の世論調査では蔡政権下の経済状況について「悪化した」との回答が41.5%と最も多い。失業率は3%台に下降しているものの、賃金水準は頭打ち。このため賃金、生産性ともに台湾を上回る中国大陸に魅力を感じる「天然独」が増えたのだろう。増便拒否への反対もそうだが、実利優先の思考が滲む。
台湾企業に内国待遇
中国側もそれを十分に意識し、青年の大陸での就学・就職を誘導する政策を採っている。例えば、中国国務院台湾事務弁公室は2月28日の記者会見注6で、台湾企業に「中国大陸企業と同等の待遇を与える」と、税制面での優遇や政府主導プロジェクトへの参加を認めると発表した。台湾人に対しても「中国大陸での学習や起業、就業、生活面において大陸同胞と同等の扱いを認める」とし、一部資格試験の受験許可や医療、教育、芸術など幅広い分野での活動を容認することを盛り込んだ。台湾側は行政院大陸委員会が「中国大陸側は利益と引き換えに台湾人の政治的立場の変更を迫ろうとしている」と警戒を呼び掛けている。
政治的対立をよそに、両岸の経済・貿易交流はむしろ好調。昨年の大陸向け輸出額は前年比16%増の1302.8億ドル。輸入も13・8%増で、大陸との貿易黒字額(787.19億ドル)が台湾の2.84%成長の重要要因である。経済依存度が高まる傾向が見えるのは、陳水扁政権時代と同様である。北京の「経済から統一を促進する(以経促統)」に変化はなく、両岸の経済力の差が広がり賃金水準も大陸が上回りはじめている状況の下で、世代別、階層別の政策を講じるなど、よりきめの細かい対応をする傾向が見られる。
習近平の好感度が蔡英文を上回った結果について、台湾紙「中国時報」注7はこう分析する。
「両岸の実力と影響力の差が拡大する中、台湾民衆の心理に、イデオロギーに基づいた二元論に変化が出ている。民主台湾は独裁大陸より優れているというイデオロギーでは、統治の成果の差を説明できない。政治スローガンでは台湾社会の多くの難題を解決できない」。
「中国寄り」とされる同紙だが、それを差し引いても分析には肯ける部分がある。
統一はしたくないが、独立もできない。「現状維持」以外に選択肢はないが、「現状維持」は台湾の「将来の姿」とはいえない。三すくみの閉塞感が漂う中、「本省人vs外省人」という出身別の対立が希薄化する一方で、内政改革の失敗が社会各層や世代間に新しい矛盾を際立たせた。それが支持率低迷の理由だろう。
先に中国の圧力は、「文攻武嚇」を思わせると書いたが、2000年総統選挙では民進党政権を誕生させるなど「逆効果」だった。しかし今回調査をみると、中国の経済力と国際的影響力が強まるにしたがって、民衆の心理変化も手伝い、台湾への圧力は奏功している面がある。とすれば、中国は今後も台湾への圧力を強めるはずだ。
火事場に乗じた姑息
対中姿勢が変化したといっても、台湾の主流民意は依然として「現状維持」にあり、統一支持は極少数だ。ただ強国化の現実を直視しようとする傾向が表れた台湾世論に対し、日本では強国中国への反発の裏返しとして「親日台湾」への過剰な肩入れが目立つ。
2月7日の台湾東部地震をめぐる蔡と安倍首相の対応にもそれが表れた。台湾は日本の救援チームが「生命探査装置」を持っているのを理由に受け入れたが、中国の救援は拒否した。台湾SNS注8では「台湾軍の持っている生命探査装置は使い物にならないゴミだというのか、馬鹿げた政治配慮」という書き込みがあった。
安倍首相は地震直後、蔡氏に「台湾加油(頑張れ)」と書いた写真をフェイスブックにアップ、蔡氏はツイッターに日本語で「まさかの時の友は真の友」と謝辞を返した。首相官邸のフェイスブックには「蔡英文総統 閣下」(写真 自由時報 2月8日付け)という宛先が書かれたお見舞いメッセージが投稿されたが、「蔡英文総統 閣下」の部分はその後削除注9された。台湾紙「自由時報」によると「一時間半後に消えた」という。
中国外務省は、台湾を国家扱いしたことを問題視し「(日本に)厳重に申し入れた」。菅官房長官は13日の記者会見で、削除を認めた上で「より広く台湾の皆さんへのメッセージとして掲載するのが適当だと判断して変更した。中国からの抗議を受けて修正したわけではない」と説明している。「確信犯」なら、中国の抗議を突っぱねるのが筋だ。台湾好きで知られる安倍氏だが、「火事場に乗じた」姑息な振る舞いの印象を受ける
人道支援に国境を設けるべきではない。しかし17人の死者のうち9人が中国観光客だったこと、救援活動が山場に差し掛かった時期だったことを考えると、両氏の言動は「浅はかな政治判断」のそしりは免れない。
二大政党制の空洞化か
最後に、台湾民意基金会の政党支持率調査に戻る。民進党の支持率は政権発足直後の51.9%から28%に下落している。一方、国民党支持率は16.6%から24%に増え、両党支持率の差は縮んでいる。一方、支持政党なしの「中間層」は31.5%から43.4%に上昇した。台灣民意基金會は独立した超党派の非営利組織。理事長の游盈隆は民進党副秘書長を務めたほか、陳水扁時代に大陸委員会副主任に就任し両岸関係の実務にも通じた政治学者。調査の信頼度は高い。
その游理事長は中間層の上昇について、「民進、国民の二大政党への失望と不満が長期にわたって蓄積された結果だろう。それは主要政党の空洞化に付随した現象」とコメントした。トランプ政権登場や英国のEU離脱で、欧米民主制という統治モデルが信頼の危機に直面しているが、その傾向が台湾でも顕在化しているのが読み取れる。
台湾では年末に、台北市長選を含む統一地方選が行われる。前回大敗した国民党が、幾つかの県市長の座を奪回する可能性がささやかれているが、その見通しについては稿を改めたい。
(了)
注
注1 聯合報「蔡英文施政滿意度僅27.6%」
(https://udn.com/news/story/6656/2982981 2018-02-12 16:13)中央社
注2 「文攻」の典型的なものは、国際政治学者の金燦栄氏(中国人民大学国際関係学院副院長)の16年夏の大陸講演。北京は蔡英文政権に対し「観察、圧力、対抗、衝突」の4段階で対応するという4段階論を提起した。就任直後の観察期を経て現在は外交的、経済的圧力をかける「圧力期」に入ったとする。そして2020年の次期総統選挙の半年前に「対抗期」に入り、台北への揺さぶりを強化する。次期総統選でも、国民党に政権奪回のチャンスはほぼないとし、第二期民進党政権の四年の間に第4段階の「衝突」入ると予測している。「台湾人の意識が我々を受け入れないのならコストは大きくなるばかりだ」とし「衝突とは武力解決のことであり、主として台湾民衆に流血など大きな苦痛をもたらす」と述べた。武力行使の時期を「私の想定では最も早ければ2021年」と語っている。
注3 「主持年終記者會 總統重申持續各項改革 帶領臺灣邁向高峰」
(http://www.president.gov.tw/News/21895)
注4 首上電視專訪 被問「中國會打台灣嗎?」 蔡英文改口:不排除大陸「武統」
(https://news.mingpao.com/pns/dailynews/web_tc/article/20180123/s00013/1516643917920)
注5 「53%年輕世代有意赴陸發展」(中国時報)(2018年02月13日)
(http://www.chinatimes.com/newspapers/20180213000461-260108)
注6 国台办发布实施《关于促进两岸经济文化交流合作的若干措施》的相关情况
(http://www.gwytb.gov.cn/wyly/201802/t20180228_11928563.htm)
注7 「社論-當習近平好感度超過蔡英文」
(http://www.chinatimes.com/newspapers/20180116000756-260109)
注8 中時電子報02月08日「地震救災拒大陸卻接受日本援助? 總統府說法遭網友怒轟」
注9 「中國施壓? 安倍慰問函「蔡英文總統閣下」不見了」(自由時報2月8日)
(http://news.ltn.com.tw/news/politics/breakingnews/2337322)
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